霧峰林家(むほうりんけ)は、18世紀半ば頃から台中を基盤に樟脳や塩、砂糖などの専売で一財を成した台湾屈指の豪族だ。一族は商売のみならず、代々、数千の兵を率いてあらゆる主要な戦いに参加し、国家 軍事にも積極的に寄与した。清朝統治時代、帝国への多大な貢献に対して、時の皇帝から最上位の官職が授けられている。また、一族の邸宅にも〝宮保第(きゅうほだい)〟という栄誉ある称号が与えられた。それがこの館の名の由来になっている。
台中市内から南東方向に車で約20分。霧峰林家宮保第園区(むほうりんけきゅうほだいえんく)と呼ば れる邸宅跡を訪れると、在りし日の栄華が眼の前に甦るかのようだ。〝台湾伝統建築の百科事典〟とも称される館は、国家史蹟として今も大切に保存されている。
訪れる人々をも幸せにする館
まず居住空間に遺された装飾物の細部の美しさ、書や壁面に描かれた図像の力強さに目を奪われる。目にする絵柄や言葉の一つひとつに福や長寿、繁栄といった願いが込められている。それはまた住まう人々のみならず、訪れる人々をも幸せにしてくれるのだという。近代の林家は文芸や芸術をこよなく愛する当主も多数輩出してい る。邸内には一族専用の華麗なる舞台空間―大花庁―が遺されており、今なお邸宅の象徴として訪れる人々を魅了し続けている。2014年には、安室奈美恵のミュージックビデオがこの場所で撮影されており、一躍、日本でもその名が知られるこ ととなった。残念ながらガイドツアーは中国語のみだが、その優雅な美しさをぜひ堪能してほしい。
宮保第(きゅうほだい)は中華王朝において、伝統的な皇太子用の住居を指す。正面の扉から五層仕立てになっており、家の格式が感じられる。
繊細な優雅さを醸す装飾の細部。すべての図像に福を呼ぶ願いが込められている。
Information
霧峰林家宮保第園区(霧峰林家花園)
26, Minsheng Road, Wufeng District,413, Taichung City,
TEL +886-4-2331 7985
http://wufenglins.com.tw/
※見学はサイト上での予約要(中国語のみ)
台湾初の安藤忠雄建築の聖地 亜州大学現代美術館
台湾初の安藤忠雄建築としても知られる亜州大学現代美術館。「大学美術館という環境に“考える場”を生みだす空間を創造したかった」と建築家自身が語るように、そこは瞑想的な静謐さに満ちていた。
困難なことへの挑戦
2013年オープン。約二年半の歳月を経て、安藤忠雄氏自身が一つひとつのディテールにまでこだわりぬいて創り上げたという亜州大学現代美術館。台湾初の安藤建築だ。空間のコンセプトは〝 三角 〟。見回すと、あらゆる箇所に様々な三角形の要素が組み込まれ、有機的に一つの壮大な空間を創り上げている。三角という形は、〝アートとオーディエンス、そして周囲の環境との融合〟を象徴しているのだという。「三角の形状を多用するという建築上の〝困難なことへの挑戦〟こそが、大学美術館としての役割であり、学生達への刺激となることを期待し、ディテールに至るまで執拗に三角形の幾何学を展開した」と、安藤氏自身は語っている。
壁面も安藤の代名詞ともいえる打放しの壁だ。湿潤な台中での作業は困難を極めたというが、一枚一枚の壁面には貴重な食用油が塗り込まれ、圧倒的な存在感を醸しだしている。また、目には見えないが、基礎 工事のあらゆる箇所にも丁寧にラップが施されているという。台湾と同様、地震国日本の建築技術の詳細が、少しでも後進の手本となるように、後世に美しく遺されていくように、という願いが込められた安藤氏らしい心遣いなのだという。
折しも、11月から来年の2月にかけては、同美術館の創造過程に特化した安藤忠雄展が開催される予定だ。安藤という巨人が困難に立ち向かい、あえて〝挑戦〟という言葉を使ったそのプロセスをつぶさに感じることができるまたとないチャ ンスだ。「台中にとっておきの場所を見つけた」という優越感すら感じさせてくれる稀有な美術館との出合い。きっと、「台中に来てよかった」と感じられるに違いない。
写真左から時計回りに/夏は正午に正位置となる光取りの窓。安藤建築らしい一角だ。
草間作品と安藤空間のコラボレーション。ここでしか出合うことのできないシュールな情景だ。
空間の至る所に三角形が埋め込まれている。
草間彌生氏と台湾気鋭の現代アーティスト陳金龍氏の展示が行われていた(10月末で展示終了)。展示の質の高さも群を抜く。
Information
亜州大学現代美術館 Asia University Museum of Modern Art
500, Lioufeng Rd., Wufeng,41354, Taichung
TEL + 886-4-2332 3456
asiamodern.asia.edu.tw/
コミュニティとともにある優しいシアター空間 台中国家歌劇院
日常の生活の中でアートパフォーマンスに触れられる環境を積極的に創造し続ける台中の国家歌劇院。一見すると、曲面と曲線の織り成す摩訶不思議な建築物だ。しかし、その空間は温かい光と空気に包まれていた。
市民の憩いの場としてのパフォーマンス空間
今や台中のランドマークにもなりつつあるオペラハウス。2016年に開館したこのユニークな建物は、東京・表参道にあるTOD`S のブティックを手がけた建築家・伊東豊雄氏によるものだ。
曲線のみを用いた洞窟のような内部は、〝豊かな響き〟を生みだす空間そのものを暗示する。同時に、訪れる人々に「心の声を聴いてほしい」という建築家の思いが込められている のだという。また、流動的な曲線に呼応するかのようにたゆたう光、空 気、水という三つの要素が取り入れられた開放的なパブリックスペースは、コミュニティに開かれた温かみのあるシアター空間を描きだしている。
夜、ライトアップされた時にひと際美しさを醸す外観。小さな穴の効果による光の移ろいが自然の営みのダイナミックさを表現する。し かし、見方を変えると、シャンパングラスに踊る泡を思わせる都会的な一面もあり、見る人それぞれの解釈で楽しめる多様性も持ち合わせる。〝市民の憩いの場〟の意欲的で豊かな姿に、改めて台中という都市の底力を感じさせられた。
一階のパブリックスペース。基本となる柱以外は、すべて曲線と曲面が用いられている。
屋上の庭園は市民に開かれた場だ。夏の夜には映画上映会なども行われている。
周辺も緑に囲まれ、都会のオアシスを思わせる。
Information
台中国家歌劇院 National Taichung Theater
101, Sec.2, Huilai Rd., Xitun District, 40756, Taichung City
Tel.+886-4-2251 1777
http://jp.npac-ntt.org/
レトロな中に漂う幻想的空間 宮原眼科
今、台中のみならず台湾で最も人気のあるスポットの一つと言えばここだろう。「宮原眼科」という名称だけでも我々日本人には親しみがわく。しかし、驚くことなかれ、ここは病院ではなくスイーツショップなのだ。
スタッフの制服は年に7回変わるという。パッケージも制服もすべて自社制作だという。
芸術の域に達したリノベーション
台中のオールドタウン、台中駅近くの目抜き通りにたたずむ宮原眼科。周辺には旧台中州庁や台中市役所など、日本統治時代の歴史的建造物が多く見られる。宮原眼科も、その名の通り、20世紀初頭にこの場所で開業していた眼科医師・宮原武熊氏の医院跡だ。
台湾では1990年代頃から全国的にリノベーション・カフェが流行しだしたというが、宮原眼科の壮麗な空間は、もはや〝リノベーション〟という枠を超えて、芸術の域に達していると言っても過言ではない。統治下時代の建造物らしい天井の高さを生かし、光に満ちた居心地の良い空間を創出している。そして、何といっても、女子好みの品格あるイン テリアの魅力に、訪れる人々は一気に独自の世界観へと誘われてしまうのだ。レトロな中に漂う幻想的な空間は、ゲスト一人ひとりを、まるでステージの主役のように感じさせてくれる。
アート+スイーツ+台湾の恵み
200以上もあるというアイテム は、パイナップルケーキやトロピカル フルーツのチョコレートがけ、各種お茶類など、台湾の大地の恵みを感じさせてくれるものばかりだ。さらに一つひとつのパッケージに心を奪われる。普段買い物下手な人々でも、このミラクルな空間ではまるで別人のようになってしまう。そんなエキサイティングさに満ち溢れているのだ。2011年のオープン以来、台湾全土からこの店を訪れるために台中にやってくる人々も少なくない。し かし、決して台中以外の都市にも、海外にも進出せず、〝台中ブランド〟を守り抜いているという。ここでもまたアート都市、文化都市台中の底力と、それを大いに盛り上る台中の一企業の心意気を感じた。
スイーツショップの二階は、酔月楼というカフェ・レストランになっている。レトロで落ち着いた空間はゆっくりとくつろげる。
詰め合わせセットと手前はパイナップルケーキ、トロピカルフルーツのチョコレートがけ(三角のパッケージ)。どの商品も無添加で自然の味を最大限に生かしている。
店内には、昔の医院の面影を偲ばせる薬棚や天秤なども置かれている。
Information
宮原眼科
酔月楼(同2階レストラン) Miyahara/Moon Pavillion
20, Zhongshan Road, Central District, Taichung City
TEL +886-4-2227 1927
https://www.dawncake.com.tw/
(中国語のみ)