日本資本主義の礎を築いた渋沢栄一
日本で最初となる第一国立銀行や東京証券取引所など、数々の企業設立・経営に携わり、日本資本主義の礎を築いた渋沢栄一。現在渋沢栄一五代目の子孫にあたり、自身も金融界の第一線で活躍する渋澤健氏は、維新以来の日本経済を背負い、近代国家発展に尽力した先代の意向を正統に継承する。
かつて渋沢栄一が著した『論語と算盤』を現代に読み解き、冬の時代が続く日本経済に問いかける未来創造への提言。
『論語と算盤』
小山正太郎画
「(論語と算盤とシルクハットと刀の絵)」
渋沢史料館蔵
渋沢栄一は数々の著書を残しましたが、なかでも『論語と算盤』が有名です。ここでは「道徳経済合一主義」を説いています。つまり、サステナビリティ(Sustainability:持続可能性。)ひとりの経営者が大富豪になってもそのお金が社会に回らないようであれば、その人の幸福は続かないかもしれない。たとえ算盤に長けて自分の懐が温まったとしても、同じことが言えるでしょう。一方、「私は論語を読む偉人です」と構えても何もはじまりませんから、これはサステナブルではない。
数年前、堀江氏とか村上氏とか出てきましたが、栄一は彼らを応援したと思います。それまでの社会の秩序にチャレンジした人たちですから。栄一も、のちに浅野財閥を築く浅野総一郎のような旺盛な起業家を応援していました。ただ自分ひとりがいい思いをしても、社会的には成功しないのではないか。『論語と算盤』は80年以上も前(1927年刊)に書かれましたが、そまま現在に応用できる経済論です。
次世代に引き継ぐコモンズ投信
散らばって銀行に集まってこないお金というのは、ぼたぼたたれている滴のようなもの、それが銀行に集まって大河となり、国の原動力になる。これが渋沢栄一の考えた資本主義のベースだと思います。つまり資本の大小ではなく、散らばった資本が何か”共通の意思”により集まり大資本になるのです。共通鵜の目線でなにかを見つめ、集まる思い。なにかがないと当然集まってこないわけですから。そういう意味では一人ひとりの家計のアセット(資産)であって負債じゃない。アセットが集まることでお金が循環すれば、国の原動力になります。いまだったら直接金融(ファンド)で企業に投資することができます。
投資信託は金融商品です。私たちはそれを舞台と考え、そこに役者を呼び込みたいと考えました。企業価値を創造する主役です。それはファンドではなく、企業の経営者と従業員、それに企業が提供する商品やサービスを購入する生活者。私たちが提案する”コモンズ投信”は、30年後の豊かな社会のために、いまから行動を起こしましょうという考え方です。
コモンズ投信はコモングラウンド(共有地)やコモンバリュー(共通の価値観)が語源です。30年という目線で足下の企業の業績だけではなく、きちんと30年後も繁栄している社会を選択するという提案です。30年というのは一世代。経営者と生活者の双方向から共有意識をもち、30年後の日本を想像しながら、私たちの思いや言葉を次代に残すように、投資でも思いを伝えることができるのではないか。経営者にとっても、生活者の目に自分の会社がどう映っているかを意識することは大切だと思います。新入社員から社長になるまでのお付き合いです。それが経営者に求められるファンドになるんじゃないかと提案しました。
共通の意識が世界を動かす
識者たちは皆、日本を変えなきゃいけないって言っていますが、グルグル意見が回っているだけで変化は起こりません。テレビや政治を見ればそこに社会が反映されていて、なにも期待できません。でも100人中10~15人が本気で変化を求め、共通の意識を持った人として30年後のことを考えて今から動きましょうよというメッセージが伝われば、最初は小人数でも、その数が膨らみ、やがて物事は変わるんじゃないかと思います。
口コミとか1割2割の人たちが同意すれば、世界は変わるんですよ。そこに期待して、30年という数字を立てました。一世代。自分が儲けるためだけではない、次代への投資もあるんですよ。
過去30年間は小さな政府で規制緩和などの問題を抱え大変でしたが、今後、政府は肥大化していくと思います。そこで渋沢栄一が嘆いていたように"事勿れ"で終わってしまうと、いつの間にか戦争になる。政府と経済が一緒になると、戦争の危機を予見せざるを得ません。いまから一人ひとりが意識をもって行動を起こすことが30年後につながるという意識を持たないと、日本が危ない方向に進んでいく可能性があります。
豊かで自由に過ごすための代価は必要だと思います。責任とか義務というほどではないけれど、なにか動かなければいけない。それは自分のためというより他の人のためなのかもしれない。30年後、自分の子どもや孫たちが担う日本の社会が豊かになることを想像しましょう。
渋澤健 [Profile]
コモンズ投信会長。シブサワ・アンド・カンパニー株式会社代表取締役。小学2年で渡米し、83年テキサス大学卒業。その後UCLA大学MBA経営大学院卒業後、ニューヨークのファースト・ボストン証券会社NY本社へ入社。JPモルガン証券、ゴールドマン・サックス証券を経て、大手ヘッジファンドのムーア・キャピタル・マネジメントNY本社へ。
その後、同社東京駐在事務所を設置し代表に就任。2001年ムーアを退社し現職へ。(社)経済同友会幹事。著書に『巨人・渋沢栄一の富を築く100の教え』(講談社)、『渋沢栄一とヘッジファンドにリスクマネジメントを学ぶ』(日経BP)などがある。