那覇北マリーナ、朝8時30分

9月中旬の沖縄は、まだ夏真っ盛りだ。朝8時過ぎだというのに30℃を超えている。空が綺麗で太陽が眩しいがじめじめした暑さではなく、爽快な天気。これが沖縄の9月の空なのだ。

月に2度は沖縄に出張している。出張、あくまでも仕事なのだ。かれこれ10年近くになるのだが、周りの知人は「ほとんど、趣味。ときどき、仕事」と、まるで何かの標語のように、僕の沖縄出張をからかう。今回の2泊3日の出張では、最終日に講演があるだけだ。それだけ?と言うことなかれ、新聞社主催の数百人を前にした大きな講演会、大仕事だ。

「久しぶりに、慶良間でダイビングでもして、気分転換しろよ」
ダイビングショップのオーナーであり、ダイビング船の船長でもある知人が誘ってくれた。久しぶりといっても、前回の慶良間でのダイビングは7月の上旬だったから、2ヶ月くらいしか経っていない。年に1、2回しか慶良間の海に潜ることがない、一般的なダイバーからすると羨ましいかぎりだろう。でも年間20回近く潜っている僕からすると、シーズン真っ盛りに2ヶ月のインターバルは、かなり”久しぶり”なのだ。
30人近いダイバーを乗せた大きなクルーザーが港を出港する。港の中ではゆっくりと進む船も、沖に出ると一気に加速する。40分もすると、透明に近い青い海の世界に到着。このワクワクする瞬間がたまらない。背中に太陽を受けて船は西に進む。
サングラスをかけて舵を握るイケメンが、その操縦席の隣に座る僕に目配せをした。「後ろの右手に、お前好みの美人がいるぜ。瞳が大きくて…」と全部を聞く前に、僕はその方向に視線を向けた。「ショートヘアじゃないけど、それ以外はど真ん中…」。でも海の上では、ロングヘアーが風になびくのも悪くない。ちょっと切れ長の瞳、白い水着がとても似合っていた。
1本目は、海底に真っ白い砂浜が広がるポイントを潜り、2本目は起伏に富んだ壮大な地形ポイントを堪能した。午前中の2本を終え、昼食の時間となった。真上から降り注ぐ太陽を浴びながら、お弁当を食べるのは至福の時間だ。こんな時は、講演のネタがどんどん沸いてくる。

日本の不動産の上昇傾向とその先

明日の講演テーマは、「ついに底打ちが見えはじめた日本の不動産」。
少し前に発表された地価調査では、減少幅は2年連続の減少。上昇の地点も都心を中心にかなり見られた。さらに上期(1.6月)のマンション契約率も昨年に比べて大幅上昇、新築着工戸数も2年連続の増加と、どれを取ってみても好材料ばかりだ。
不動産価格7年サイクル理論が正しいとして、東証住宅価格指数のデータに基づけば、今年の晩秋( 11月)ごろに底打ちして、この先のピークは2014年夏ごろとなる。さらに、中国での不動産バブル崩壊がさらに深刻となれば、その資金は日本の都市部の不動産に流れるだろう。そして、その資金のもうひとつの行き先は、中国人に対して数次ビザが発行されている沖縄になると予想している。

昼からもう1本のダイビングを終えた

ダイバー達はシャワーを浴びて服に着替え、心地よい疲れを感じながら風を感じている。船はゆっくりと動き出した。「声かけなくて、いいのか?」と10年来の知人であるサングラスが横でつぶやく。幸い彼女と一緒に来ている友達は目をつぶって寝ているようだった。
目が合った。彼女は視線をそらそうとしたが、僕はすかさず声をかけた。「心地よい風ですね」「そうですね…。この船の上でお話するのは、2年ぶりかしら?」と笑顔でおどける。

僕はちょっと焦った表情をした。「あの時も私に声をかけてきて、晩ご飯を誘ってきたわ。断ったけど」
切れ長の目が微笑むと、心がざわつく。「今夜はどう? 今日はサイコーの天気だったから気分がいいんじゃない? 幸い友達はお疲れのようだし」。船は波を切り、風に逆らいながら那覇の港に向かっている。サングラスの知人が、ちらっとこちらを見る。「ええ、いいわ。2年を経て同じ船の上で再会するのも何かの縁だし。もしかすると友達も一緒かもしれないけど… いいよね」「もちろん」と答え、約束の時間と場所を伝えた。
船は速度を落とし港に入った。時計はもうすぐ16時を指す。待ち合わせまで、あと3時間。
陽が沈み、待ち合わせの場所に向かった。すでに、彼女はそこにいた。「あれ、お友達は?」。そう僕が言うと、彼女はおどけた笑顔で、「彼女はお疲れモード。ベッドの中で熟睡。で、出かけようとすると、遅くなってもいいよー、だって」
切れ長の瞳が、やさしく微笑んだ。
長い髪が綺麗に結われていた。僕は、もう一度横顔を見た。
今夜は、いつもの出張とは違う夜になりそうだ。