ART JAKARTA 2023
多様性の中の統一を目指すインドネシアの最新アートを巡る
2017年より開催されている「アートジャカルタ」が世界で注目されるアートフェアに発展した理由は、経済の成長と人口に占める若年層の多さ、そして自由で開かれたインドネシア社会によるところが大きい。日本を代表するアートコレクターの宮津大輔氏と共に「アートジャカルタ 2023」を訪れて、アートコレクションの魅力やアジア発の現代アートの潮流をお伝えします。
撮影・文:大橋マサヒロ
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(1)1970年代からインドネシアをはじめ世界を舞台に活躍するヌヌンWS 氏の作品は抽象的なタッチでありながら力強く「soulscape(魂の風景)」をテーマとする作品が多い。(2)オオタファインアーツのギャラリーに展示された草間彌生氏の作品はひと際目を引く存在。(3)エコ・ヌグロホ氏の作品は社会的なメッセージ、ユーモアや遊び心など常に社会との関わりを重要視している。
アジア発のモダンアートに魅せられる
1945年に独立を宣言したインドネシアは、独裁的な指導者が国を治める時代を経て、現在に至るまで様々な問題を抱えながらも若いアーティストが言論や芸術で自由に思想を発表している。例えば、インドネシア政府と長い間独立抗争をしていたアチェ州のアーティストは反体制的な作品が多く、タリンパディというアーティスト集団は鉱山などの公害を告発する政治的なメッセージを込めた作品で世界的に有名だ。彼らのようなアーティスト達が国内外でアートを発表することが、インドネシアの多様性や現代アートの質を高めることにつながっている。
ここ10年ほどでインドネシアから世界的なアーティストを数多く輩出しているのはその裏付けだろう。さらに、5年に一度ドイツのカッセルで開催される世界最高峰のアートフェア「ドクメンタ15」では、ルアン・ルパというインドネシアのアーティスト・コレクティブが芸術監督を務めたことでも、現代アート界においてインドネシアの芸術活動が高く評価されていることが窺える。 アートに限らず、世界は多様で複雑に変容している。近年、特にグローバルサウスの国々の言動が国際社会において経済的・政治的にも注目されていて、現代アートを含むグローバルサウスの文化はますます存在感を増していくであろう。インドネシアに限らず、中国、日本、タイやフィリピンなどアジア圏のギャラリーが渾身の作品を結集した「アートジャカルタ」は、そのような意味でも大変興味深い。
アートジャカルタ2023を振り返る
最後に宮津氏より「アートジャカルタ2023」の総括をいただいた。「『アートジャカルタ2023』は、これまでのホテルから国際展示場へと会場を移し、名実ともにインドネシアを代表する国際的なアートフェアへと発展を遂げました。約80軒に上る出展ギャラリーの全てがアジア圏から参加したという点においても、『アート・バーゼル香港』や『フリーズ・ソウル』とは明確に異なる特徴を強く打ち出していたといえます。『ドクメンタ15』以降、現在最も注目を集めるインドネシアの多様なアート作品に加え、アジア諸国をリードするギャラリーが一同に集った今回のフェアには、世界中のアート関係者が来場し、熱心な情報交換や作品売買に講じていました。そうした光景は、同国アート市場の更なる隆盛を予感させるに十分でした」
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(1)東京とシンガポールを拠点とするミヅマアートギャラリー。キャンバスに木炭やソフトパステルで描かれたインドネシアのアーティスト、イワン・エフェンディ氏の作品。(2)中国・上海のシャンアートギャラリー。大学時代に身につけた木版画の技法を駆使したアニメーション作品で、今や中国を代表するアーティストの一人に数えられる孫遜氏の圧巻な平面作品群。(3)~(4)68のアートギャラリーが参加し、インドネシアから40、マレーシア、シンガポール、タイ、フィリピン、台湾などアジア圏を中心に28のアートギャラリーが参加した「アートジャカルタ2023」はアジアを代表する国際的なアートフェアに成長した。
Profile
Tom Tandio トム・タンディオ
インドネシア生まれのトム・タンディオ氏は、2011年にIndoArt Nowを設立した。この財団は、この国の多くの才能あるアーティストとその多様で活気に満ちた作品をサポートすることに重点を置いている。2014年から2018年に「アート・ステージ・ジャカルタ」の地域ディレクターを務めた際に6つのフェアを指揮し、現在は「アートジャカルタ」のフェア・ディレクターを努める。タンディオ氏はインドネシアのアートシーンは「刺激的で、有機的であり、そして非常に集団的である」と表現する。
Profile
Jiwoo Shin ジウ・シン
ジャカルタを拠点に活動するジウ・シンさんは、アメリカのメリーランド芸術大学で一般美術の博士号を取得した後、ワシントンD.C.の国立美術館でインターンを経験した。明暗を複雑に組み合わせた抽象絵画を多く制作していて、ニューヨークやフロリダ、ジャカルタなどで個展やグループ展を通じて多くの個人コレクターによって所有されている。
Profile
宮津 大輔 Daisuke Miyatsu
アート・コレクター、横浜美術大学 教授。1963年東京都出身。東京藝術大学大学院国際芸術創造研究科アートプロデュース専攻 博士課程修了 博士(学術)。広告代理店、上場企業の広報・人事管理職を経て大学教授に転身。既存の芸術祭とは異なる「紀南アートウィーク2021」や「“Fukuoka Art Next” Week 2022」の芸術監督として、斯界に新風を吹き込む。福岡アジア美術館とのユニークなコラボレーション展「エモーショナル・アジア」(2022年)などが大きな話題となった。
マカン美術館
Museum MACAN
インドネシアを代表するモダン美術館
2017年11月にオープンした「マカン美術館」は、インドネシアおよび世界の近現代美術のコレクションを収蔵するインドネシア初の美術館。化学品および物流会社AKR Corporindoの社長であり、アートコレクターでもあるアディコエソエモ氏の熱意で誕生した。彼は「マカン美術館」について 「アートが私の世界観やビジネスマンとしての創造力にどれほど多大な影響を与えてきたかを振り返り、インドネシア人にもそれを経験してもらいたかったのです。」と語る。
「マカン美術館」のコレクションの約半分はインドネシアで、残りは米国、西ヨーロッパ、その他のアジアなど幅広く収集されている。一例を挙げれば、アンディ・ウォーホル、フランク ・ステラ、ロバート・ラウシェンバーグなど 20世紀で最も有名な芸術家たちが名を連ねる。さらに、ジェフ・クーンズや草間彌生の作品にとどまらず、最先端のインスタレーションや前衛的な絵画、政治的なメッセージが込められた作品などのコレクションが展示されている。そして、さまざまなワークショップを通じて来場者と積極的に交流するなど、アートが息づく場としてジャカルタ市民に愛されている。
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(1)Jumaadi (b. Indonesia, 1973)and the Shadow Factory (est. Indonesia)Sirkus di Tanah Pengasingan : Oyong-oyong Ayang-ayang (2023)(2)Jumaadi (b. Indonesia, 1973)Migration of Flora and Fauna (2023)(3)Griya Seni Hj. Kustiyah Edhi Sunarso, Hyphen—, Tom Nicholson bersama Ary “Jimged” Sendy, Aufa Ariaputra, Nasikin Sesudah banjir itu : No. 32 (2023)(4)S. Sudjojono (b. Dutch East Indies, 1913-1985)Selamat Jalan Pak (1971)
Profile
Museum MACAN
AKR Tower Level M Jalan Panjang No.5
Kebon Jeruk Jakarta Barat 11530,Indonesia
TEL +62 21 2212 1888
https://www.museummacan.org/
JAKARTA MORI TOWER
「Lea (Grassland)」by Handiwirman Saputra
JAKARTA MORI TOWERの新作モニュメント
森ビル初の東南アジアにおける開発事業となるJAKARTA MORI TOWERが、インドネシアの首都・ジャカルタで竣工を迎えた。地上58階建てでジャカルタ最高水準のスペックを備え、グローバル企業の多様なニーズや、新たな働き方のスタイルに応じて自由なレイアウトが可能になっている。周辺都市を含めた首都圏人口は約3100万人に達し、都市圏人口としては東京圏に次ぐ世界第2位の巨大都市へと成長を続けるジャカルタの 「今」を象徴するようなモニュメントが、ビルのエントランスホールに飾られた。
「Lea(草原)」と題されたその作品は、インドネシア人アーティストのハンディウィルマン・サプトラ氏によるもので、クロームコーティングされた輪ゴムが多様な方向に伸縮を繰り返した軌跡を表現しているという。また、複雑に絡まりながらどっしりと地面に根を張る植物にも見える。それは、サプトラ氏がJAKARTA MORI TOWERと自身の作品を壮大な風景の一部と捉えているからなのだろう。
サプトラ氏はJAKARTA MORI TOWERに新たな価値を与え、ビルと共にこの作品がジャカルタを代表する新たなランドマークとなることだろう。
Profile
Handiwirman Saputra
ハンディウィルマン・サプトラ
1975年、インドネシアの西スマトラ州生まれ。ジョグジャカルタ在住。作品に確固たる意味や政治的メッセージを込めるのではなく、素材や形そのものに着目しながらその本質を問う彫刻で高く評価されている。2019年にはベネチア・ビエンナーレ参加。
アートや文化イベントを通して
インドネシアで社会貢献を実践する
Edgar Witakrama Honggo ホンゴ・ウィタクラマ・エドガー
歴史を損なわず新たな生命を吹き込む
現在はインドネシアを拠点に活動をするホンゴ・ウィタクラマ・エドガー氏は、日本で暮らしていた時の人脈や経験を活かした様々な活動を通して、インドネシアの歴史や文化を背景に新たな価値観を創造している実業家だ。
「日本や欧州は、公共施設などにおいて歴史的な建物をうまく活用することが得意ですが、インドネシアはその正反対でショッピングモールなど新しいものや場所に関心を寄せる」と分析する。「そこで私は、この国の歴史あるものに新しい命を吹き込み、価値のあるものに変える活動をすることが使命であると気づきました」。そのインスピレーションは間違いなく日本の滞在中に得られた感覚なのだろう。
日本から帰国後に、エドガー氏の祖父が所有していたジャカルタの古い鉄工所が閉鎖されることになった。倉庫やマンション用地として売却すれば資金は得られたかもしれないが、エドガー氏はレトロな雰囲気を残したまま改修し、映画製作スペース「The Parama Creative Space」としてよみがえらせ、それが彼のビジネスの原点となった。
現在は南ジャカルタにある旧造幣局の官舎を改修した商業施設「M Bloc Space」内に飲食店「makanCantik」を経営。国営郵便ポス・インドネシアが所有するコロニアル様式の建物を整備した中央ジャカルタの「Pos Bloc」に アンティークショップや写真スタジオ「VIA BATA VIA」など話題の施設をプロデュースして、自身の経験を活かしたユニークなイベントも開催している。
さらにエドガー氏は、「Creative & Emotional」をキーワードに、ケータリングサービスのビジネスを手掛けている。「私が経営する飲食店『makanCantik』は、国産の食材だけを使って手頃な価格に抑えた料理を提供します。makanCantikというブランド名は『食(makan)』と『美しい(cantik) 』を合わせたインドネシア語で『美食』という意味なのです。」
2023年11月に開催された「ART JAKARTA 2023」では、「makanCantik」 がVIP Loungeのケータリングサービスの運営を担当した。「クライアントの要望に合わせたフードやドリンクのメニューの提案など、ゲストの目的やスタイルに合わせたユニークなグルメ体験サービスをすることができて、とても良い経験となりました。そして、今回の「ART JAKARTA 2023」では日本からのコレクターツアーの企画と運営をしました。日本からのお客さまにはイベント会場へ専用車を手配して快適に移動をしていただき、日本を代表するアートコレクターの宮津大輔氏と共に作品を鑑賞し、収集の機会をサポートしました。」
様々な活動で多忙なエドガー氏に今後の抱負を伺った。「自分たち(民間)がまず頑張って、ジャカルタが今より住みやすく、楽しく過ごせる場所だと思ってもらえるように、アートや音楽のイベントを通して街のイメージを変えてその価値を高めていきたいと思います。」
Profile
ホンゴ・ウィタクラマ・エドガー
Edgar Witakrama Honggo
1986年ジャカルタ生まれ。現在、senyumuseum主宰、makanCantik代表、Parama Creative Space取締役。シドニー工科大学卒業後、東京の外資系金融機関UBS 銀行 Wealth Management で5年間勤務。2018年にインドネシアへ帰国。イベントとホスピタリティーの関係性、環境や文化に着目して、デザイン、アート、エンターテインメントの領域で活動している。
Tugu Kunstkring Paleis & Suzie Wong Lounge
トゥグ・クンストクリング・パレス・アンド・
スージー・ウォン・ラウンジ
コロニアルスタイルの優雅なラウンジ&レストラン
かつては税関所として利用された「トゥグ・クンストクリング・パレス」には、幅4メートル、長さ9mの巨大な絵「THE FALL OF JAVA」が飾られている。この絵は、1830年3月28日、オランダ・インド政府からのデ・コック将軍の裏切りの後、マゲラン居住者の家でディポネゴロ王子が捕らえられた様子を描いたものだ。インドネシアの美術史において、ディポネゴロ王子が捕虜となったこの伝説的なシーン「ジャワ島の陥落」は、インドネシアの歴史上最も象徴的な出来事のひとつを描いた絵画とされ、「トゥグ・クンストクリング・パレス」の「パンゲラン・ディポネゴロ・ルーム」で鑑賞することができる。
「トゥグ・クンストクリング・パレス」には見事なデザインのバーラウンジ、カフェがあり、個室を備えたレストランではインドネシア料理や王室料理などを味わえる。また、古き良き香港をイメージした「スージー・ウォン・バー」には、1960年代にジャカルタのメンテン地区にあった伝説的な映画館の看板やポスターなどのアンティークのインテリアが飾られていて、訪れる者をオランダ植民地時代にタイムスリップさせてくれる。
Information
Tugu Kunstkring Paleis & Suzie Wong Lounge
Jl. Teuku Umar No.1, RT.1/RW.1, Gondangdia, Menteng, DKI Jakarta, Indonesia
TEL +62 21 390 0899 https://tuguhotels.com/restaurants/jakarta/kunstkring/
HUTAN KOTA BY PLATARAN
フタン・コタ・バイ・プラタラン
伝統を紡ぐ歴史的な建物で多彩な料理を
故スハルト大統領時代に大統領の医療チームのメンバーに任命されたリーム・ケ・ローエン医師は、インドネシアにおいて優秀な医師であることを認められ、ルキト・フソド博士と呼ばれ、国内で最高の医師のひとりとしてインドネシア医療のために献身的に取り組んだ。ルキト・フソド博士の死後、博士の邸宅はインドネシアの最も象徴的かつ異国情緒溢れる厳選された土地で、高級ブティックホテルやリゾート、プライベートクルーズ、レストランなどのサービスを通じて、極上の癒しの時間を提供しているプラタランへ提供された。
プラタランは、ルキト・フソド博士がこの邸宅で大切にしていたオランダ植民地時代の建物や庭園を大切に残しつつ、西欧やアジア諸国のエッセンスを取り入れたモダンなインドネシア料理を味わえるレストラン「フタン・コタ・バイ・プラタラン」として営業している。インドネシアの伝統と西洋文化が融合したコロニアル様式のインテリアに囲まれたリゾート空間で多彩な料理を味わいながら、この国の黎明期に思いを馳せて贅沢なひと時を過ごしたい。
Information
HUTAN KOTA BY PLATARAN
Jl. Jend. Sudirman Kav. 54-55 Jakarta Pusat 12190, Indonesia
TEL +62 812 9440 9007
https://www.plataran.com/hutan-kota-plataran/
PARK HYATT JAKARTA
ジャカルタ中心部に誕生した最上級の称号
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(1)客室には伝統的な装飾品やアートが飾られていてインドネシアの多様な文化を感じることができる。(2)ディプロマット スイートは228㎡の広さがあり、プライベートジムや無垢材で作られたワークデスク、ダイニングテーブルが備わる。(3)35階にある屋外プールのサンデッキからは市街が一望できる。ライトアップした夜間のプールは幻想的で癒される。(4)大きなバスタブとレインシャワーは独立していて快適なバスタイムを過ごすことができる。(5)「ザ・スパ」はインドネシアの伝統的な施術と最先端のエステティックトリートメントが融合した贅沢なスパ体験が魅力。(6)23階の「ライブラリー」はワンランク上のビジネスシーンを想定した優雅で快適な空間。
インドネシアの首都、ジャカルタでオランダ統治時代からの瀟洒な洋館が多く残るメンテン地区は、インドネシアの上流階級の人々が訪れる閑静な住宅街。ハイアット・ホテルの最高級グレイドのホテルブランド「パーク ハイアット ジャカルタ」がその地区に誕生した。37階建ての高層ビル、パークタワーの上層17階分がホテルになる。36室のスイートを含む220室の客室は全て広々とした贅沢な空間になっていて、豪華でエレガントなスイートには、キングサイズベッド、 リビングルーム、プライベートジム、キッチン、無垢材で作られたワークデスクを備えており、 228平方メートルの贅沢なスペースはあらゆるゲストを満足させることだろう。
寛ぎのための空間演出
客室を含む各フロアの窓からはジャカルタ中心部の高層ビル群や国家記念碑(モナス)などの歴史的な街並みを見渡すことができる。「パーク ハイアット ジャカルタ」には、ライブラリーと呼ばれるスペースがある。従来のライブラリーとは趣向が異なり、オープンな空間はワーキングスペースとしての役割もあるが、多くのゲストは窓際に配されたソファーに座って景色を眺めながらティータイムを楽しみ、まるで自宅のリビングのように寛いで過ごす。
開放的なダイニング
アフタヌーンティーに定評のある「パティスリー」では、パティシエが作るエレガントなケーキやペイストリーが提供される。オープンキッチンから届く香りと共に五感で楽しむ本格的な和食の「KITA 喜多レストラン」には、寿司カウンターや鉄板焼きのプライベートルームも用意されている。ジャカルタで最も高いフロアにある「KITA 喜多バー」では、オリジナルカクテルと煌めく高層ビルの夜景が贅沢な夜を演出してくれる。研ぎ澄まされた美意識とリラックス感に満たされた「パーク ハイアット ジャカルタ」は、これまでにない都会的で洗練された寛ぎの滞在を約束してくれる。
Information
Park Hyatt Jakarta
Jl. Kebon Sirih No.17-19, Kb. Sirih,Kec. Menteng, Kota Jakarta Pusat,
Daerah Khusus Ibukota, Jakarta, Indonesia, 10340
TEL +62 21 3111 1234
https://www.hyatt.com/ja-JP/hotel/indonesia/park-hyattjakarta/cgkph
NIHI SUMBA
冒険心を呼び起こす究極の秘島リゾート
世界中のサーファーが憧れるワールドクラスの波。
地元の村や田んぼの畦道を歩いた末にたどり着く天国のようなスパ体験。
「ニヒ・スンバ」では非日常のワイルドな体験が待っている。
リゾートから90分のトレッキングの末に辿り着くスパサファリは他では味わうことのない究極のウェルネス体験となる。
Be Wild. Be Free. Be Well.
世界を旅していたアメリカ人探検家クラウド夫妻は、当時、未開の島だったスンバ島の豊かな自然とサーファーでもあった彼らの理想の波に惚れ込み小さなロッジを建てて、その地を「ニヒワツ」と名付けた。彼らは、ここでの暮らしを許可してもらう代わりに周辺の村の酋長と約束を交わした。それは島民のために尽くすことだった。
2012年に彼らの友人でもあった、アパレルブランドのトリー・バーチの経営で財を成した投資家のクリストファー・バーチ氏らがこの地に世界でも比類のないラグジュアリーリゾートを作ることを決意した。そして、かつてクラウド夫妻が酋長と交わした約束を守る為にニヒ・スンバ財団を設立して、ホテルでの収益の一部で島民の支援をしているのだ。毎年数十万ドルの寄付が島民の医療や教育、飲料水の確保などのプロジェクトに充てられている。
Well come to〝Edge of Wildness〟
567エーカーもの広大な敷地を擁する「ニヒ・スンバ」だが、リゾートとして利用されるのはわずか65エーカーのみで、周囲の土地はそのまま未開拓の状態で保護されている。目の前のビーチにはサーファーが憧れる最高の波があるが、波に乗れる人の数が制限されている。快適なリゾートライフを楽しむことと引き換えに、豊かな自然や島の文化を守るために、ビジターである旅行者が島民に対して何かできることを行動してほしいと「ニヒ・スンバ」は伝える。
わずか27室のヴィラは自然の地形を生かした全て異なるレイアウトだが、スンバ島の伝統的な家屋をモチーフにした茅葺き屋根とプライベートプールが備わるところは共通している。開業以来、世界中の様々な旅行雑誌で取り上げられてきた「ニヒ・スンバ」は、あらゆる面で世界のラグジュアリー・リゾートをリードする。
朝、ガイドと共にホテルを出発してスパのある場所まで約90分間かけてトレッキングするスパ・サファリは、刺激に満ちた驚きと感動の連続だ。途中、水牛が水浴びする川を渡り、水田脇の畦道や時が止まったかのような地元の伝統的な村を歩いた末にたどり着く場所は、島の端の崖の上。時間を気にせず、専用プールや崖の下の誰もいないビーチで泳いだら、木陰のテラスでフルーツや軽食をいただき、吹き抜ける風が心地よいベッドに身を預けて受けるトリートメントは、究極のリトリート。スパ体験以外にも様々なアクティビティが用意されている「ニヒ・スンバ」での滞在は、今まで経験したことのない遊び心とワイルドな体験の連続だ。
Information
ニヒ・スンバ
NIHI SUMBA
Hoba Wawi, Wanokaka, West Sumba Regency
East Nusa Tenggara, Indonesia, 87272
TEL +62 361 757 149
https://nihi.com/
Buahan, a Banyan Tree Escape
バリ島の山奥に潜む大人限定のウェルネス・リゾート
鳥の囀りで目を覚まし、
霧が覆うライステラスや椰子の木々を愛でる朝。
濃密な空気は人里離れた神聖なる森への道しるべ。
古から伝わるライフスタイルに込められた、
神々からの声に耳を傾ける。
The〝Naked Experience〟
バリ島のウブド地区からさらに車で30分ほど行ったアユン川上流に誕生した「ブアハン、バンヤンツリー・エスケープ」は、これまでのバンヤンツリー・ブランドとはまるで趣が異なる。そこは、まるでバリ島の神々が宿る神秘の森。宿泊できるのは18歳以上の大人に限り、「no walls, no doors ︵自然の中に身を置いて真の心と体を取り戻す︶」がコンセプト。インドネシアでは人々が集う場所は「ヴァレ」と呼ばれ、「ブアハン、バンヤンツリー・エスケープ」ではリゾートの敷地に点在する客室をヴァレと呼ぶ。16棟のヴァレは深い森の木々に遮られて完全なプライバシーが守られる。
Nature&Self-Growth
窓はもとより壁のないヴァレは開放感抜群で、静寂とは真逆に朝は鳥の声、日が暮れれば虫達の声がベッドにいながらあらゆる方向から聞こえてくる。さらに、リビングスペースのある母屋の外にはプライベートプールが備わり、対岸のライステラスや深い森を眺めながら寛げる。
レストランやバーの入る建物にも窓や壁はない。バリの伝統的な釜戸があるオープンキッチンのレストランで地元の野菜や果物を中心としたヘルシーな食事が味わえる。身体が喜ぶだけでなく環境に配慮したメニューが用意されていて、バリ島の豊かな食文化を楽しめる。
「ブアハン、バンヤンツリー・エスケープ」では、伝統的な衣装に身を包み、ガイドと共に敷地内の滝までハイキングして瞑想し身を清め、「チャナン・サリ」と呼ばれる花を供え精神をリフレッシュさせるスピリチュアルな儀式を体験することができる。滝の水の飛沫や木々の発するマイナスイオンを全身に取り込むことでこの地に宿る自然の力を五感で感じることができるのだ。
さらに、癒しを求めるならば、バンヤンツリー・グループによる長年の実践で育まれてきたウェルネスとバリ島の豊かな自然や文化が融合したスパトリートメントがおすすめだ。深い森の中のオープンエアでのトリートメントは、「ブアハン、バンヤンツリー・エスケープ」がコンセプトとする現代社会からの逃避(=escape)を実践し、心身ともに自然との調和を取り戻すために最高の体験となるはずだ。
リバーサイド ジャングル プール ヴァレからはバリの山々が見渡せる。テラスにはプライベートプールとサンデッキ、焚き火台があり、敷地を流れる川や滝の音を聞きながら心穏やかに過ごせる。
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(1)レインフォレスト プール ヴァレをはじめ全てのヴァレは深い森の中に建つので完全なプライバシーが守られる。(2)バリ島の自然の中に身を置いて真の心と体を取り戻す事がコンセプトなので、ヴァレは開放的でドアも壁もない。(3)夜のターンダウン時にはベッドを蚊帳で覆ってくれる。直接エアコンの風が届くので蒸し暑さは感じない。(4)ブアハン村の4ヘクタールの起伏に富む地形を生かして16棟のヴァレが建てられている。(5)雨が降るとライステラスや椰子の木々が幻想的な光景に包まれる。(6)~(7)まるでツリーハウスのような雰囲気のバーではジンをはじめとする様々なボタニカルのカクテルが味わえる。(8)バナナの花とオーガニック野菜のピーナッツソース添え。(9)ヴィンテージカーに乗って伝統的な村や農園を見学してバリ島の自然や文化を再発見できる。
Information
ブアハン、バンヤンツリー・エスケープ
Buahan, A Banyan Tree Escape
Jl. Banjar Selat, Buahan Kaja, Payangan,
Kabupaten Gianyar, Bali 80572,Indonesia
TEL +62 361 6208181
https://escape.banyantree.com/