星野リゾートが実践する環境へのオマージュ
『星のや軽井沢』プロジェクト段階の1990年代前半から「環境経営」という理念の下にリゾートづくりを目指してきた星野リゾート。エコツーリズムの先駆者的存在ともいえるリゾート運営の達人たちの様々な取り組みをご紹介しよう。
取材・文:朝岡久美子 写真:西野嘉憲(P. 98~99)/ 内藤拓(P. 102 ~103)
『星のや竹富島』で出合った命草( ぬちぐさ)のブーケ。かつて医者のいない竹富島で人々の命を救ってきた薬草たちだ。美しいだけでなく、蒸留してハーブウォーターにしたり、食したりと、今なお万能ぶりを発揮している。竹富の大地に力強く根付き、逞しく生き抜いてきた薬草たちを“命の象徴”としたい。
―― 島本来の営みを次世代に紡ぐ――
竹富の人々に捧ぐ“畑プロジェクト”
星のや竹富島
サンゴ礁でできた小さな島、竹富島。今、この島で『星のや竹富島』の若きスタッフが一丸となって取り組む新たなプロジェクトが実を結び始めている――。
竹富の大地の恵みが旬を迎えるその味わいを噛みしめるコース料理「島テロワール」も魅力的だ。
持続的な観光資産への昇華を目指してプロジェクト始動
2012年の開業から約8年。『星のや竹富島』は、“宿”という一つの枠組みを超え、島の人々とよりいっそう固く、深い絆で結ばれている。『星のや』の若いスタッフが中心となり、竹富島で古来大切に培われてきた農業文化の芽を復興させ、島の次世代をになう子供たちと共に育んでいこうという思いをかたちにしつつあるのだ。その名も“畑プロジェクト”。
サンゴ礁でできた痩せた土地ゆえに、作物が育つか育たないかが生死をわけたという過酷な環境にあった竹富島。古来、島民たちは、作物が実を結ぶよう神々に祈り、神々に捧げる歌や踊りを営みの柱としてきた。
島で唯一栽培可能だったのはアワや芋、大豆。そして医者のいない島において、人々の命を救ってきた数々の命草(ぬちぐさ~ 蓬や長命草をはじめとする薬草)だ。先人の知恵とたゆみない努力によって育まれてきたこれらの恵みによって、かけがえのない生命が紡がれてきた歴史を受け止め、21世紀の今、その心意気を後世に紡いでいこうというのだ。
島古来の営みが奉納芸能という大いなる伝統文化をもたらしたという事実も忘れてはいない。伝承芸能という生きた言葉によって語り継がれてきた先人たちの熱い思い、そして、絶滅し行く生命の種を一つひとつ掘り起こし、復活させ、ゆくゆくは持続可能な観光資産へと発展していくことをスタッフ一丸となって願っているという。
思いが芽生えて早三年。島のおじいから種をもらったという竹富島に伝わる芋や、絶滅しかけていた小浜島の在来大豆(クモーマミ)の栽培にも成功し、老若男女を問わず喜びを共にしている。
その昔、「アワの穂が豊かに色づく情景が最も竹富らしかった」と、語る島のおじいやおばあたち。新たな世代が、その光景をもう一度目にする日もそう遠くはなさそうだ――。
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“畑プロジェクト”の担当者小山隼人さん。『星のや竹富島』内にある畑で。
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アワの穂。かつて、数多の穂が織りなす情景が最も竹富島らしい光景だったという。
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宿の畑には、絶滅しかけていた小浜島の在来大豆(クモーマミ)が育つ。
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昨年初めてこの大豆から島豆腐を作り、子供たちと喜びを分かち合った。
Information
―― 自然との共生が育んだ一つの遺産――
軽井沢発信 エコツーリズムのかたち
星のや軽井沢
環境経営の先駆的なモデルとしての評価も高い『星のや軽井沢』。
軽井沢の企業としての心意気と真骨頂を感じさせるその取り組みを紐解く。
『星のや軽井沢』。敷地内にある水力発電のための貯水池を囲む水庭が、もっともこの宿らしい心和む情景を生みだしている。
現代に光を放つサステナブルの理念
今や日本全国、そして海外にまで日本旅館の価値を知らしめている星野リゾート。その前身は長野県軽井沢に誕生した星野温泉だ。現在『星のや軽井沢』がある星野エリアこそ、創設者であり初代経営者の星野国次氏が大正時代に温泉を掘り当て、昭和以降、日本中から文人墨客も足しげく訪れたという星野温泉発祥の地だ。
現在の代表、星野佳路氏(4代目)が社長に就任した際、星野温泉は『星のや軽井沢』へと進化を遂げる(2005年開業)。「星のや軽井沢」を擁する「星野エリア」の再開発には、1993年から2019年という長い年月をかけている。その一大プロジェクトにおいて、現在世界的に意識されるようになった「エコ サステナブルなリゾート経営」という理念がすでに大きく掲げられていた。
軽井沢というかけがえのない自然環境を有する星野エリアでのサステナブルな取り組み―― リゾート業界において「サステナビリティ」が当たり前のように語られる現代、それは“先駆者”という言葉とともに、大きな価値を放っているのだ。
エネルギー自給率70%の秘密
驚くことに、星野リゾートの環境への取り組みの第一歩ともいえる軌跡はすでに大正時代にあった。“エネルギー自給”だ。
星野温泉黎明期の大正初期。初代経営者 星野国次氏の発案によって木製水車を利用した水力発電を試みることになった。幸い敷地内には湯川という川が流れており、通常自由に手にすることのできない水資源が豊富にあった。実際に当時約8割の電力自給に成功していたというのは驚きに値する。そして、21世紀の今も、その仕組みは進化を遂げつつ、『星のや軽井沢』に電力を供給し続けているのだ。
星野エリアの自然資源によるエネルギー自給は、現在、前述の自家水力発電に加え、「地中熱利用」「排湯熱利用」という三本の柱からなっている。軽井沢の大地の象徴ともいえる浅間山は、「地中熱利用」をも可能にしているのだ。地中400メートルにまで水を流し込み、熱を伴ってすくい上げられた25度前後の湯を、これもまた敷地内のかけ流し温泉から放出される40度前後の排湯と合わせて(「排湯熱利用」)ヒートポンプに投入することで熱エネルギーを生みだす仕組みだ。『星のや軽井沢』で消費されているエネルギーの約70パーセントがこのシステムによって安定的に自給されているという。実際に、厨房のプロパンガスを除いて化石燃料の使用はゼロ。この自給エネルギーだけでほとんどが賄われていることがわかる。
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星野エリアにある自家水力発電所(昭和56年に建てられたもの)。
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大正時代の星野温泉。この頃からすでに自然資源を用いてのエネルギー自給が行われていた。
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客室内にも床暖房や、屋根には風通しを良くするための工夫が取り入れられている。
世界に誇るエコツーリズムのかたちへ
話は戻るが、自家水力発電に用いられる水資源は、川から流れ出て敷地内にある貯水池に常時貯められている。『星のや軽井沢』に宿泊すると、まずこの心和む水庭の景観が何よりも印象的だ。エネルギー供給に欠かせない川や池がつくりあげる景観。実はこの“エネルギー自給の構図”が描き出す景観そのものが最も 『星のや軽井沢』らしさを醸しだしているのだ。そして、それらが“観光資源的な価値”を生みだしていることも大いに注目に値する。近年、その効率的な自然資源の活用の仕方や見せ方を視察体験すべく、『星のや軽井沢』には、エコ サステナブルに敏感な欧米からも多くの人々が訪れているという。
星野エリアには、もう一つ世界から評価される「エコツーリズム」のモデルがある。『ピッキオ』という野生動植物の専門家集団だ。「日本野鳥の会」の創設者 中西悟堂がこよなく愛したというこのエリアで、自然の価値を世界に発信すべく、軽井沢の自然との共生を楽しむ文化を提案し、日本におけるエコツーリズムのビジネスモデル化に成功している。年間約80種類もの野鳥が観察でき、ムササビなどの野生動物に出会えるネイチャーツアーのメッカとして、また、ツキノワグマを一頭一頭調査し、その保護管理を実践している稀有なエリアとして世界中から視察に訪れる人々が絶えない。
代々、星野エリアに受け継がれてきた自然との共生のかたち――。サステナブルなリゾート先駆者としての確固たる理念を掲げつつ、これからも各地の“地域特性”を最大限に活用した環境活動によって、星野リゾートは、ますます成熟したエコツーリズムの体現者へと進化してゆくに違いない。
星野エリアの大自然の森『ピッキオ』が提案するネイチャーツアーでは、珍しい鳥やムササビに出合える。
―― 那須の大地に広がるもう一つのエコツーリズム――
日本初の「アグリツーリズモリゾート」誕生
星野リゾート リゾナーレ那須
四季折々の山間の情景と建築美が融合された景観美に憩う。
優雅な田舎暮らしの醍醐味を満喫させてくれるユニークな施設が誕生した。
農業体験を通して知る自然の恵み
四季折々、ロケーションの魅力を満喫できる星野リゾートの『リゾナーレ』ブランド。大人でも、ファミリーでも、それぞれのかたちで楽しめる多彩なコンテンツや、土地ならではの食の醍醐味を余すところなく味わわせてくれるダイナミックさが真骨頂だ。その『リゾナーレ』にまた一つ新たな施設が加わった。栃木県那須にオープンした『リゾナーレ那須』だ。
新施設のコンセプトは、日本初の「アグリツーリズモリゾート」。その名の通り、菜園での農業体験を通して、ゲスト自らが手にし、育てたものを食することができる。今後は堆肥も施設内で集められた食料廃棄物をリサイクルして賄うなど、リゾート内でのサステナブルな循環システムを構築し、ゆくゆくは100%自給自足の営みを目指しているという。
前頁でもご紹介したように、星野リゾートでは1990年代前半からすでにエコ サステナブルな取り組みを経営指針の一つとして大きく掲げてきたが、『リゾナーレ那須』では、プラスチックボトルを100%廃除する、歯ブラシも再資源化可能な物を導入するなど、現在最も問われている取り組みを目に見えるかたちで徹底的に実践していくという。
高揚感誘うダイナミックな食体験
この施設のもう一つの魅力は、何といってもその大地の美しさが生みだす食の楽しみだ。那須近郊と敷地内で獲れた旬の野菜をふんだんに生かしたイタリア料理のフルコースがじっくり堪能できるメインダイニング「OTTO SETTENASU」。コルビュジエが描き出したような洗練された空間から眺める森の景色とともに、高揚感も最高潮に達すること間違いなしだ。
個性あふれるメゾネットタイプの客室は洒落たロッジ風。大人な香りのするラウンジやレストランとのコントラストも絶妙で味わい深い。
田舎暮らし体験も、もはや“大人の嗜み”といわれる現代。ぜひ、この新しい施設でその感動を味わってみてはいかがだろうか。
Information
星野リゾートが満を持して贈る
新規開業施設一挙紹介
今や国内外に様々なブランドの施設を持つ星野リゾート。今年2020年の冬からGW前にかけては、さらに国内の新しい施設の開業が予定されている。PAVONE読者だけに特別にそのラインナップをお知らせしよう。
『星のや沖縄』のテラスリビングからは沖縄で最も美しいと言われる夕景が望める。
沖縄本島に待望の『星のや』誕生
トップバッターは『星のや沖縄』だ。多くの人々が待ちわびた沖縄本島の『星のや』は、外資系リゾートがひしめく恩納村ではなく、読谷村という沖縄の伝統工芸である焼き物「やちむん」で有名な場所にある。沖縄本島中部の最西端に位置し、最も美しい夕景が望める景勝地として名高い残波岬にも近い。海岸線に沿うように配置された客室は、全室オーシャンフロントという贅沢な空間設計だ。
コンセプトは“グスクの居館”。沖縄特有の史跡「グスク」からインスピレーションを得た壮麗な館は、100室あるどの客室からも近い距離で海を感じられるよう低層階のつくりになっている。
メインダイニングでは、沖縄の食材とシチリア料理の技法を組み合わせたコース料理が堪能できるというから、さらなる楽しみも広がる。待望の開業は5月20日。既に予約も受け付けている。
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『星のや沖縄』ベッドルーム。
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同メインダイニングで供される前菜。
温泉再生プロジェクトの要『界 長門』
次なる施設は『界 長門』だ。山口県長門湯本温泉に開業する新たなる『界』ブランドの施設誕生。長門の温泉街再生・街づくりを目的とした地域ぐるみの一大プロジェクトの要ともいえるものだ。敷地内には宿泊者以外も利用できるカフェも併設され、温泉街との共存が図られている。宿と一体化した“ 温泉街に遊ぶ”という粋な楽しみ方も満喫できそうだ。
空間設計は、山口に古くから続く“ 御茶屋屋敷”をコンセプトとした武家文化の名残を感じさせる。土地の魅力をあらゆる視点から体感できるダイナミックな滞在体験に期待も高まる。開業は3月12日。
ビーチリゾート三つ巴
連続して三軒のビーチリゾートをご紹介しよう。まずは1月中旬に運営を開始したばかりの『サーフジャック ハワイ』だ。バリ、台中につづく三軒目の海外施設は、星野リゾート初の米国進出となるハワイだ。オアフ島ワイキキの中心地に位置するレトロなブティックホテルは、1960年代の昔懐かしいハワイの姿を思い起こさせるモダンなつくりになっている。
次なるビーチリゾートは、昨年10月にオープンした『西表島ホテル』だ。お馴染み西表島の施設がさらにパワーアップして戻ってきたというところだろうか。コンセプトは“ イリオモテヤマネコが棲む島のジャングルリゾート”。マングローブが生い茂るワイルドな川や秘境の滝を巡るアクティビティも目白押し。奇跡の島ともいわれる西表を満喫するにはこの施設をおいて他にはない。
最後にご紹介するのは西表島から船で至近距離にある小浜島にたたずむ『リゾナーレ小浜島』だ。ワイルドな自然に満ちた西表に比べ、小浜島は、サンゴ礁とエメラルドグリーンの海に囲まれ、サトウキビ畑が似合うのどかな小島だ。こちらも既存の施設がさらにパワーアップしてのリニューアルオープンとなる。プライベート感覚抜群のビーチから眺める満点の星空や、白砂のビーチと蒼い海に描き出される壮大な夕景など、この島でしか味わうことのできない大自然の営みに触れることができる。オープンは4月20日。
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『界 長門』客室。武家屋敷らしい凛としたたたずまいが美しい。
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「サーフジャック ハワイ」の1ベッドルーム スイート。開放感にあふれ、落ち着いたつくりだ。
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世界最大級ともいわれるサンゴ礁の島、小浜島。稀有なロケーションでのリゾート体験は一生忘れられない思い出になるだろう。
★既にどの施設も下記のURLで予約可能