ニュージーランド、ホスピタリティというアート – 虹の向こうにアートが待っている
アート作品と共にワイヘキ島のコーネルズ湾に暮らす
コーネルズ・ベイ・スカルプチャー・パーク オーナー
ジョン&ジョー・ゴウ夫妻
到着二日目にワイヘキ島に、ヘリコプターで飛んだ。この島はオークランド郊外の、ハイダウェイ(hideaway) ともいわれる場所で、新しいライフスタイルを望む人たちやアーティストが居を構えている。その朝もシャワーがあり、その後、雲の晴れ間に虹を見た。飛行時間中は素晴らしい晴天に恵まれ、海とヨットの帆柱の林立するヨットハーバーに囲まれたオークランド上空を一周した後、いくつかの島々と朝の光に輝く内海を眺めながら、島の山頂にある小さなヘリポートに到着した。ここから東のはずれにあるコーネルズ・ベイ・スカルプチャー・パーク(彫刻の公園)へ向かう。丘あり谷ありの牧草地で羊の群れが草を食んでいる田園風景の、その向こう側に再び虹が現れた。
コロマンデル半島まで見渡せる私有地のはずれでオーナーのジョン・ゴウが待っていてくれた。彼の運転する四輪駆動車に乗り換え、シダやマヌカの茂るニュージーランド独自の植生林のなかを海辺に駆け下るように進み、突然開けたところに海を背景に彫刻の丘陵が広がっていた。
奥さんのジョーがそこにいた。小さな湾の白い砂浜に面して白壁で赤い屋根の120年前の家が3軒並んでいる。手前がジョンとジョーの自宅、真ん中がアーティストのための家。アーティストは基本的にここに泊まりながら、広大なスカルプチャー・パーク内の好きな場所を選んで制作活動をする。一番奥の家は2ベッドルームのロッジだ。ホテルとして営業している。たった3軒しかない小さなコーネルズ・ベイは鳥の声と波の音、そして木々を抜けていく風の口笛だけの、心休まる場所だ。
上/丘の斜面に現れたアンテナのような作品群。まるで宇宙と交信しているかのようだ。
下/ワイヘキ島の東の端に位置するコーネル湾。海の向こうに見えるのはポヌイ島。
ジョンとジョーが二人でパークを案内してくれる。羊も放牧しているので、時々彼らの忘れ物にも出会う山道である。1993年にジョンとジョー夫妻は、コーネルズ湾のこの地に彫刻センターを創った。以来、公園内に設置する彫刻も増やし続け、今では個人経営のギャラリー感覚で、スカルプチャー・パークを運営している。
「ニュージーランド人のため、またはニュージーランドに暮らし制作をしている現代作家たちのためにこの場所を設けました。私たちが気に入った作品を創るアーティストに、場所と家を提供して、好きな所に彫刻を創ってもらいます。一年のうちで10月から6月の春から秋の間の9ヶ月、オープンしています。ただしここは私たちの家なので、公園は予約制にしています。必ず連絡を入れていただかないと入場できません」。二人は交互に説明してくれた。
「作品の販売に関しては、アートギャラリーとして、発表の場所を提供し、売れた場合はコミッションベースでアーティストからいただくことにしています」。そうはいいながらも、大きな作品ばかりでなかなか販売には繋がらないだろう。やはり、アーティストたちへの支援の意味も大きいと思われる。
自分たちの好きなアート作品に囲まれて暮らす事ができる。何よりも素晴らしい自然のなかで-。何という贅沢なのだろう。
森と同化するアート TREE HOUSE
建築家、パシフィック・エンヴィロンメンツ ディレクター
ピーター・アイシング
深い森のなかの一本の大木を取り込んで、その不思議な建造物は建っていた。圧倒的な存在感を示しつつも、同じ森に生きる他の木々を拒絶せず、それどころか森に同化して、私たちをノスタルジックな気持ちにさせる。これは、何なんだろう? 少年時代の心。木の上に隠れ家を、作戦基地を、住処を造ったあの頃の記憶が頭の引き出しから甦ってきた。
イエロー・トゥリー・ハウス(Yellow Tree House) と名付けられたこの家は電話帳のイエロー・ページ社のTV広告用として建築家ピーター・アイシングが手掛けたものだ。依頼を受けたピーターは同じ少年の心を持つ森林の所有者を捜し出し、オークランドから北へ1時間、このセコイアの森に建築地を決定した。「場所が決まり、木が決まってからは速かった。数ヶ月もかからずにこのトゥリー・ハウスは完成したんだ」。ピーターは当時を思い出しながら生き生きと語る。その後2008年12月から2009年2月までの3ヶ月の間、トゥリー・ハウスはカフェレストランとして開業し、予定通りTVのCMに使われ、ニュージーランド中の話題をさらった。その後、レストラン許可の関係でカフェは閉鎖された。
近づくと、思った以上に高い所にある。入り口に続く渡り廊下が尾のように本体から延びている。
ところでこのデザインは何かをイメージしてできたのですか? 「見た人それぞれが、建物から受ける印象を教えてくれるのはおもしろい。宇宙船だったり、果物や鳥の巣だったり……。私は、最初《さなぎ》のインスピレーションからデザインに入っていった」とピーター。
場所は秘密にされていたにもかかわらず多くの人々がこの家を見るために訪れたらしい。そして今でも訪問者が後を絶たない。私たちの訪問中も数人の人たちがこの森に入ってきた。「ここは私有地だから、今は一般人には勝手に入ってきて欲しくないんだ。ただし今日は良いニュースがある。たまたま今朝、レストランの営業許可がオークランド市からおりた。今度は正式なカフェレストランとして再びオープンするから、その時は是非大勢の人に来てもらいたい」。
ニュージーランドの大地はかつて鬱蒼たるカウリの森に覆われていたが、その後、イギリスからの入植者が自国の自然に近づけるために森を伐採し、広い牧草地を開墾。今では森林は国土の30パーセント足らずになってしまった。人々は、今、その森を守りそして増やそうと心血を注いでいる。かつてあったカウリの森は今では見られないが、セコイアの木に共生するかのようなこのトゥリー・ハウスはニュージーランドの人々の未来の姿を象徴的に表しているかのようだ。
サウス・ヘミスフィア・コレクション / ファッション・アートの現場
ファッションデザイナー
カレン・ウォーカー
世界的ファッションデザイナー、カレン・ウォーカーは南半球コレクション(サウス・ヘミスフィア・コレクション)北半球コレクション(ノース・ヘミスフィア・コレクション)を発表して世界のファッションシーンを席巻している。
カレンに会う。ここ10年近くで大きくビジネスを延ばしてきた人だ。1989年、ファッションカレッジ在学中にブランドを立ち上げ、1998年の香港コレクションで初めて発表。それが話題になり、バーニーズ・ニューヨークに並ぶようになった事で、世界中のファッションバイヤーの注目を集めた。2004年からはロンドン・コレクションで、2007年からは場所をニューヨークに移し、北半球コレクションとして発表、ニュージーランドでは南半球コレクションとして発表している。
彼女のコレクションはウエリントンのテパパ博物館、シアトルのベルビュー美術館等、美術館に購入される作品も多数見られる。現在はニューヨーク、ロンドン、香港、東京等、世界のファッション主要都市の約150のセレクトショップで取り扱われている。まさしくニュージーランドを代表する世界的デザイナーである。
上/ピンク・ホースは「ザ・デパートメント・ストア」一階のメインショーウィンドウを飾り、道行く人の注視を浴びる。
下/ショップをイメージ付ける最新コレクションを着せられたマネキン。
オークランドのハーバーブリッジを渡った北部タカプナ地区の高級住宅地にある「ザ・デパートメント・ストア」というファッションビルの1階に彼女のお気に入りのショップがある。そこで私たちに会ってくれた。ダウンタウンにもいくつかのショップを構えているのだが、この場所が彼女のお気に入りのようだ。貴女のコレクションの特徴は何ですか? カレンに質問を投げかけてみた。「相反する要素の組み合わせ――。ラグジュアリーなものとそうでないもの、美しいものと醜いもの、奇麗なものと汚いもの、テーラードとストリート、フェミニンとマスキュリン、ノスタルジックなものとモダンなもの。それらを一つに合わせているのが私のコレクションのテーマかしら――」。カレン・ウォーカーのこのファッション哲学は、首尾一貫して毎年のコレクションに反映される。2010年の秋冬コレクションのテキスタイルも華麗な花のなかに蠅のモチーフがデザインされている。その素材を使いワンピースやジャケット、スカートを創っている。
「私の動物好きが高じて全ての店にデコレーションとして動物のオブジェを置いているの。ここではピンク・ホースだけど、他には豚が居たり、犬が居たりもするのよ」とカレンは茶目っ気たっぷりに語る。自分の店だけではなく「ザ・デパートメント・ストア」を2階、3階と自ら案内しながら建物のコンセプトや、他ブランドの説明をし、それぞれの店長に紹介してくれる。彼女の優しさが溢れ出るような南半球コレクションとの出合いであった。
機能追求から生み出された雨と突風のためのアート、人に優しい傘、台風に強い傘
ブラント社 デザイン・ディレクター
グレイグ・ブレブナー
グレイグ・ブレブナーは「ブラント」という傘のデザイナーだ。彼によって傘のイメージはかなり変わった。梅雨の鬱陶しさや台風の日の不快さが傘へのイメージを悪くしてきたが、この傘を持つと何だか雨風が待ち遠しくなってくる。というのは強固なフレームと完璧な張りを持つこの傘は、どんな強風さえも、ものともしないからだ。
グレイグはいう。「私は〝傘のデザイン〟という仕事に真摯に取り組んでいます。より機能的にそしてより心の通ったデザインにという具合に――。私と私のチームが作り上げたこの『ブラント』の傘が、嵐の日に人々を助け、『雨風からの開放感』と同義語になり、『台風の日のアート作品』と呼ばれる事を願ってやみません」。彼はそのホスピタリティを傘で表現する。
優しさを形に陶芸家リンダ・フォレストの世界
セラミック・アーティスト
リンダ・フォレスト
陶芸家リンダ・フォレストは日本でも何度か展覧会を開き、名が知られている。繊細でなおかつダイナミックなラインも持ち合わせた作品を写真で見ていただけに、知り会う前はどんな人だろうかと少々不安が過ったのも事実である。恥ずかしがり屋で繊細な彼女とは最初ぎこちなさを感じたが、話しているうちに、徐々に打ち解けてきて最後にはすっかり分かり合えたような気持ちになった。そういう人である。
彼女の陶芸はもちろんの事、彼女を取り巻く世界は洗練されながらも素朴で、なおかつ居心地の良いものである。ウエリントンの港とダウンタウンを見晴らすその家はマウント・ヴィクトリアの中腹に位置し、上の道路に面したガレージ裏のプライベート・ケーブルカー乗り場から下る事約5分。庭にはモクレンの花が咲き誇り私たちを迎え入れてくれた。案内された工房はこの家の2階に位置し、棚が彼女の作品で埋め尽くされた小ホールから狭い廊下で繋がっていた。
彼女のアトリエは暖かい春先の光で満ち溢れていた。その場所を主張して誇示するかのような電気の窯。「この窯は私が設計して電気技師と一緒に造り上げたものなの。ここからアトリエだけ引っ越す事は考えられないわ。だってこの窯を運び出すためにはこの家を壊さなければならないでしょう」。彼女のろくろ台は北向きの窓に面している。常に光が差し込んできて、窓の向こうはウエリントンの市街地がオリエンタル湾の向こうに見下ろせる。季節が目の前に展開する。そういう場所でろくろを回す。
彼女の作品を最初に見た時、ルーシー・リーを思い、そして不思議な事に楽茶碗と通じる何かがあると感じた。とても不思議な印象だった。聞いてみるとウエリントンと千利休を輩出した堺は姉妹都市。彼女も両市の交流の一環として堺でも展覧会を開いている。何か因縁めいたものも感じてくる。
「日本に行った時、とても興味深い体験をしたの。ある陶器収集家の家に招かれた時、奥の方から自慢の品々を持ち出して、一点一点箱から出して見せてくださった。私たちは作品を使うために創っているけれど、日本の人はこんなに大事に作品を取り扱うんだと、文化の大きな違いに驚いたわけです」。
上/陶器の色見本キッチンの一角。食器はもちろん彼女の作品。
下/陶器の色見本。
リンダは英国生まれの英国人。ご主人とは映画の仕事で行ったクック諸島のアイトゥタキ島で知り合ったのが馴初めらしい。島に滞在中に結婚、二人で英国に移り住んだが、彼は英国流の生活に馴染めず、彼の故郷のウエリントンに移り住む事になる。陶芸の制作をしながら二人の娘を育て上げた。「その一人が、私と同じように映画の仕事で同じ島に渡ったの」。じゃあ、そこで彼女も?と疑問を投げかけると「残念ながら、私たちのようにはならなかったわ」。
2階の小ホールを挟んで、海を見下ろすもう一方にはB&B用の一室がある。子供も巣立った今、ここに一組だけの客を泊めるそうだ。泊まり客は一階にある整頓されたダイニングキッチンで、彼女が制作した器で朝食を摂る事ができる。アーティストと一緒に朝の時間を過ごせる。なんという贅沢だろう。
彼女はウエリントンのこの場所で、リンダ・フォレストの世界を創り上げている。
ハンガー9「第9格納庫」 デザインの現場
ニュージーランド航空
オークランド空港は国内随一の国際空港である。そこにはニュージーランド航空の8棟の格納庫が存在する。そして市内に造られた、航空会社の秘密のデザイン基地が「ハンガー・ナイン」9番目の格納庫と呼ばれている。とてもユーモアがありお洒落なネーミングだと、訪れる前から期待に胸が膨らんでいた。空港の格納庫には航空機がおさめられているが、ハンガー・ナインはデザインとホスピタリティで満ち溢れている。
ダウンタウンの建物で出迎えてくれたのはウエイン・ミッチャムだ。彼は実際に国際線を飛ぶチーフパーサーであると同時に、「ハンガー9プロジェクト推進マネージャー」という肩書きを持つ。ウエインは笑顔を絶やさず、ユーモアを交えつつも的確に私たちを案内してくれた。
「ここは3年前から稼働し始めた施設で、ニュージーランド航空のデザインの現場です。普通はそれぞれの航空会社はボーイング社、エアバス社のような航空機製造会社に客室内やシートのデザインをまかせます。しかし我々は3年前に、お客様にとって本当に快適なフライトができているのか? という疑問からスタートしました。自分自身に振り返ればどうか? どういうシートで旅を楽しみたいか? 様々な疑問と不満が出てきました。以来この施設は極秘の施設になり、社員がアイディアを持ち寄り、新しい機内デザイン、シートデザイン、制服デザイン、そしてサービスのデザインをする場所となりました。今年の一月までは一般の人には知られていませんでした。社内でもごく一部の人だけしか存在を知らせませんでした。社員のなかから新しいアイディアが生まれ、そのいくつかが取り上げられて、プロのデザイナーによってプロトタイプを作ってみました。温度や湿度も機内と同じように試しました」。
上/ハンガー・ナインの一空間。
中/新しい機内の設計図。デザイン検討の過程で用いられた。
下/新プレミアム・エコノミー席に新しい制服を着たクルーが座る。
社員からのアイディアを全て並べて、一つひとつ検討していくその過程も展示されている。採用にならなかったプロトタイプも博物館のように飾られている。それらのなかから、再び未来のデザインが生み出されるかもしれない。
そして今、新しいシートを並べたフライトが2010年12 月に初めてロサンゼルス便に就航する。日本便にこの機材が入るのは、2012年以降に予定されている。
新しいデザインは、乗客の快適さを一番に考えた発想から生まれる。子供を連れた家族がエコノミーで長距離を飛ぶ時は? 恋人や夫婦でプレミアム・エコノミーに座る時は? 前者の疑問には「スカイカウチ」が応える。3席のエコノミーの足下全てが持ち上がり、大人2人でも横になれるくらいのベッド状のシートが出現する。子供たちをその上で遊ばせながら母親は横になって本を読める。そういうシーンが連想される。後者は「新プレミアム・エコノミー」が応える。真っ白な革張りのシートは、他人が隣に座るとお互い違う角度になるようにデザインされている。しかしながら2人で旅行する時は真ん中の三角状の肘掛けは、向き合って食事やお茶のできるテーブルに早変わり。今度はそれを下に押し込めば、ちょっと変形した二人掛けのソファに変身。座っているだけで楽しくなってくる。
このようなデザインはやはり乗る人の気持ちを真っ先に考えて出来上がったものだ。お客様を迎える心構えがデザインに生かされている。
ホスピタリティがデザインに変わる現場をハンガー・ナインに見た。