It’s time to talk about a space business.
そろそろ宇宙の話をしよう
アポロ計画によって人類が初めて月面着陸に成功してからおよそ半世紀。国家の威信をかけて宇宙開発を進める時代は終焉を迎え、現在はスペースX 社のイーロン・マスクが象徴するように、宇宙開発は民間企業が主導する時代へと変貌を遂げようとしている。日本においてもすでに、宇宙をビジネスの主戦場にしようと宇宙関連ベンチャーが様々な分野で参入し、新たな産業を生み出すべく果敢なチャレンジをしている。
特別インタビュー
なぜ人は宇宙を目指すのか?
宇宙飛行士が語る宇宙の魅力
JAXA 宇宙航空研究開発機構
有人宇宙技術部門 宇宙飛行士・運用管制ユニット
宇宙飛行士グループ 宇宙飛行士
野口 聡一さん
― そもそも野口さんが宇宙を目指されたきっかけは?
野口聡一さん(以下敬称略) 意外に単純で平凡ですが、スターウォーズや銀河鉄道999など、映画や漫画の影響はすごく大きかった。幼少の頃の話ですが、そういうのを見て、単純に宇宙に行けたらいいなと思ったのがきっかけです。実際に仕事の候補として宇宙を意識したのは高校生の頃。テレビでスペースシャトルの番組を見てからです。大学に入る時に宇宙工学や航空工学を勉強して、大学院修了後は民間企業で航空宇宙事業本部に所属し、ジェットエンジンの設計や性能試験業務を担当していました。宇宙飛行士の選抜試験は日本では5年から10年おきにあるのですが、入社4、5 年目の頃に仕事を一通り経験して何か新しいことにチャレンジしたいなと思っていたときに、タイミングよく宇宙飛行士の選抜試験がありましたので応募しました。
現在、宇宙飛行士としては自分が宇宙へ行くことの他に、国際宇宙ステーション(ISS)に滞在中の仲間の活動を地上からサポートをしたり、地上でエンジニアとして宇宙開発の最前線にいるエンジニアたちと一緒に技術的な仕事をすることがあります。それ以外の時間は講演会などに登壇し、実際に宇宙に行った時の話をして、子供たちには夢を持つことの大切さ、大人へは新しいビジネスの機会を感じてほしいと啓蒙活動を行っています。
― 2019年終わり頃の予定で3度目の宇宙飛行が決定し、ISSに長期滞在することになりました。宇宙飛行士としての役割をどのように考えてミッションに取り組んでいるのでしょうか。
野口 まず「宇宙のための宇宙」ではないということ。地球上での暮らしに繋がる研究なり事業のために宇宙を生かしているというのが、一番大切なポイントだと考えています。今回のフライトでもおそらく半年間、ISSに滞在する予定です。長期間、宇宙に滞在していると、無重力の世界で起こる身体の変化が現れます。例えば、骨や筋肉が弱くなったり、人によっては視力が急激に衰えるような例も報告されています。地球上では40年、50年かけて老化に伴って起こる変化が、宇宙では重力がないために加速して症状が現れるのです。こうしたことをしっかりと研究し、例えば骨が脆くなるのを防ぐ薬ができれば、地上での老化現象の一つである骨粗鬆症の対応策になります。筋肉に関しても同じです。自分自身の病気を防ぐためでもあるのですが、筋肉が衰えないようにどのような順番で運動をすれば良いか、自分の身体を被検体にして試します。ミッションではこうした結果が地上での病気の症状の緩和に繋がればとの思いで取り組んでいます。
宇宙飛行士がISSで快適に滞在すること自体にも大きな意味があると考えます。現在、ISSには常時、6名の宇宙飛行士が滞在しています。ISSの中は温度は20度前後で、生活に必要な空気、水、食料、電力が供給されて非常に快適な環境が保たれています。これから先の時代は、宇宙に行くことより宇宙で何をするかが目的となり、宇宙に行く人がより増えていくだろうと思います。そこでは自然に社会ができ、経済活動が本格化してきます。そうなると宇宙に住む多くの人をサポートする産業も広がっていくのではないでしょうか。人間の営みは「より遠くに、より多くの人を、より安全に」という方向に進むことは間違ありません。ある意味、ISSは人間が宇宙空間で快適に暮らすための技術を結集している場所なので、将来、より多くの人々が宇宙に行き、快適に住めるようになることを見据えた上で、今の宇宙飛行士があるのかなとも思っています。
― 2005年にISSで日本人として初めて船外活動を行い、2009年には日本人として初めてソユーズ宇宙船の船長補佐に任命されるなど、これまでに2度、宇宙に行かれています。実際に宇宙を目の前にどのようなことを感じたでしょうか。
野口 スペースシャトルとソユーズでは機械が異なり、準備段階からまったく違う経験ができました。しかし、宇宙に行くという体験そのものはどちらも同じ。ISSに到着したら目の前に美しい地球が広がっているわけです。ただ、船外活動での体験は質的にまったく異なる体験でした。窓越しに見る宇宙もきれいでしたが、宇宙船のドアを開けて船外活動で宇宙空間に出た瞬間、まず、自分が宇宙船という殻に守られた世界から文字通り死と隣り合わせの世界に来てしまったなと感じました。同時に、目の前に広がる地球の大きさとリアルさ、ダイナミックさはもう強烈な印象でした。風景としてテレビなどで見る美しさと実物の美しさというのは迫力が全然違うのです。地球は間違いなく生きていると私は思っています。ですから生き物としての地球を目の前にした時の圧倒的なリアリティというのは凄まじかったと今でも記憶しています。先ほども申し上げましたがISSの中はとても快適で、皮膚感覚で自分は安全な場所にいると明確にわかります。ところが船外活動中は、宇宙服を着ているとはいえ、気温は摂氏150度からマイナス120度で空気もなく、宇宙線が飛び交うまさに死の世界。自分の周りは生を許容しない世界であることがこちらも肌感覚で伝わってきます。人間が住めない世界だという感覚があり、だからこそ、地球はダイナミックに生きているなとも強く感じられました。
― 昨今、民間企業が宇宙をフィールドにしたビジネスで活発に動き出しています。先ほどのお話だと宇宙は死の世界。それでもなぜ人は宇宙に魅力を感じ宇宙に出たがるのだと思いますか。
野口 普段はアメリカのNASAで仕事をしていますが、そこで感じるのはISSがいわば利益を生み出す「金の卵」になっていることです。どういうことかというと、アメリカではISSは国立研究所に格上げされており、そこでの研究は国家の戦略に沿って行われるのと同時に、国内のビジネス需要を明確に反映して動くようにという方針で運用され始めています。実際、何が起こっているかというと、例えば、製薬会社がテーマを出し、ISSの研究設備を使って新しい薬を作るために次々と共同研究を立ち上げているのです。民間企業の場合は成果が見込めるから資金をつぎ込んでいるわけで、アメリカではそういうフェーズに移ってきているのです。ISSでの研究が投資に対する見返りが十分あると判断している民間企業がどんどん出てきている訳ですね。ですから、マーケットの需要に向き合わずしてISSの成功はもうありません。我々日本もアメリカに遅れることなく、民間企業が投資対効果の面で利益が出るからISSを使うんだという方向に早く持っていかないと置いていかれてしまう気がしています。
― 3度目の宇宙飛行に対する意気込みや抱負をお聞かせください。
野口 まず単純に3回目のチャンスをいただけたことに素直に喜んでいます。金井宣茂宇宙飛行士が昨年12月に長期滞在クルーのフライトエンジニアとしてソユーズ宇宙船で飛び立ったように、新人宇宙飛行士も多く、活躍の場も非常に多様化しているなかで、信頼して任せてもらえたことにとても感謝しています。私は1回目がスペースシャトルのコロンビア号の空中分解の後だったこともあり、NASAとJAXAが一体となってスペースシャトルの安全性確保を目指し進めたことをよく覚えています。JAXAの技術力というのは今でもNASAのなかで高く評価されています。2回目はISSでの長期滞在が始まる時代に入った頃で、さらにロシアの宇宙船で日本人が宇宙に行く先駆けとなりました。私としてもとてもチャレンジングな課題でしたが、それが実って今があるわけだと思っています。2019年に予定されている3回目の宇宙飛行では、アメリカが総力をあげて開発中の新型の宇宙船の誕生に立ち会える可能性があり、とても期待しています。こうした転換点を経験し、その成果を日本に還元することで、若い日本の技術者も多くを学んでくれると素晴らしいです。
最後に3回目の滞在中、55歳の誕生日を迎えることになりそうです。年齢的にもこれまでにない高年齢での挑戦になります。パヴォーネの読者のなかには私と年齢の近い方も多いかと思います。私も頑張りますので、いつまでも夢を見続けられるように一緒に頑張りましょう!
Profile
宇宙飛行士 野口 聡一さん
JAXA 宇宙航空研究開発機構 有人宇宙技術部門 宇宙飛行士・運用管制ユニット宇宙飛行士グループに所属する宇宙飛行士。東京大学大学院修士課程修了後、石川島播磨重工業に入社。航空宇宙事業本部に所属し、ジェットエンジンの設計及び性能試験業務を担当する。1996年5月、NASDA(現JAXA)が応募する宇宙飛行士候補者に選定。NASA によるミッションスペシャリスト(搭乗運用技術者:MS)に認定され、2005年7月、スペースシャトル「ディスカバリー号」によるミッションに参加。日本人初のISS 船外活動を実施する。2009年12月には日本人初のソユーズ宇宙船フライトエンジニアとしてソユーズに搭乗。レフトシーター(船長補佐)に任命される。2019年終わり頃に自身3回目の宇宙飛行を行いISSに長期滞在することが決定している。
宇宙エバンジェリストの見解
宇宙ビジネスの現在地と将来に潜むチャンスとは
元々、第一線で活躍する宇宙開発技術者であり、現在は宇宙領域専門のベンチャーキャピタリスト。同時に宇宙ビジネスの啓蒙に精力的に動く、日本で唯一の宇宙エバンジェリスト®が日本における宇宙ビジネスの現状を解説する。
グローバル・ブレイン 宇宙エバンジェリスト® 青木 英剛さん
拡大する宇宙産業の市場規模
わずか4年前はまだ、宇宙ビジネスという言葉は一般的ではありませんでした。宇宙開発という言葉が使われ、国家予算を使って国が主導して取り組むイメージが強く、民間企業にはあまり接点がない世界。宇宙はまだ公共事業の領域だったんですね。
その頃から、私は宇宙エバンジェリスト(伝道者)として民間の宇宙ビジネスを盛り上げるべく、潜在的なチャンスがあることを様々な企業に伝えてきました。地道に続けていくなか、徐々に政府も大企業の方々も皆が応援団になってきてくれていると、この4年で手応えを感じ始めています。
例えば、昨年の夏、内閣府の宇宙開発戦略推進事務局が「宇宙産業ビジョン2030」という報告書を作成しました。2030年代に向けて日本の宇宙産業をどのように盛り上げていくか、そのビジョンをまとめたものです。38ページの報告書には「宇宙ベンチャー」という言葉が40回以上も登場し、宇宙産業を盛り上げるには、その活力を上手く利用することが不可欠だと述べています。大企業とのコラボの必要性や国の政策的な面での支援も記載され、2030年代前半には、宇宙産業の規模を現在の倍の2・4兆円にするという政府目標も掲げられています。
宇宙産業を盛り上げる2つの要因
日本でなぜこうした動きが起きているのか。その背景には世界の宇宙産業自体がもの凄いスピードで成長していることがあります。過去10年で市場規模が2倍に膨れ上がり、現在は36兆円を超える規模にまでなっているのです。
さらに世界で宇宙産業が急成長した背景には、新興国が宇宙技術を使い始めたことが要因の一つに挙げられます。現在、人工衛星を保有する国は50ヵ国程度、ロケットに至っては10ヵ国程度しかありません。そんななか、これまで無縁だったアフリカやアジア、南米などの新興国が独自のロケットや人工衛星を持とうと動き始めたのです。
もう一つの要因は、宇宙ベンチャーが業界に入ってきたことです。筆頭の企業でいうとイーロン・マスクのスペースX社でしょう。安いロケットを次々と打ち上げて、従来のボーイング社やエアバス社が握っていた市場を奪おうとしているのです。スペースX社が業界に革新をもたらしたように、今後も革新的な宇宙ベンチャーはまだまだ登場してくるはずです。
こうした2つのトレンドがあって宇宙産業は一気に注目され、産業として急成長してきました。この流れは私たち日本の企業にとっても決して無関係なことではありません。宇宙とは関係のない企業でさえ、参入するチャンスは大いにあると私は信じています。
ビジネスとして注目される領域
私たちの生活はすでに宇宙技術がなければ成り立ちません。気象予報などの観測衛星や放送事業などで使用する通信衛星、そしてカーナビなどで活用される測位衛星(GPS)など、宇宙技術の恩恵を受けて暮らしているのはご存知だと思います。
このなかでも注目なのが、衛星経由でデータを送信する宇宙通信の分野です。例えば、地球上のインターネットが繋がらない地域に衛星経由で電波を届ける開発が進められており、今年から一気に大量の通信衛星が打ち上げられる見込みです。こうしたプロジェクトには世界の名だたる大企業が莫大な投資をしており、宇宙における大きな投資先の領域となっています。
また、観測衛星を使ったビッグデータも注目されています。例えば私が投資するアクセルスペース社は、小型人工衛星を大量に打ち上げて地球を観測し、大量の情報をタイムリーに提供するビジネスを計画しています。こうしたビッグデータの活用も、非常にチャンスのある領域だと期待されています。
さらに興味深いところでいうと、宇宙旅行や惑星探査、究極的には惑星移住も注目です。宇宙旅行は富裕層向けのビジネスとしてヴァージングループなどがすでに手がけていますし、イーロン・マスクは10年以内に火星に人を送り込むことを発表しています。長期的なスパンの話にはなるのですが、大切なのはこうした世の中が到来した時に、我々に何ができるのかをすでに考える段階に来ているということです。
これから進むべき道
現在、グローバル企業の時価総額ランキングトップ10 のうち、アップルやグーグル、サムスンなど約半数の企業が、宇宙ビジネスに何らかの投資をし、自ら宇宙技術を使ってイノベーションを起こそうと宇宙ビジネスに絡んでいます。むしろ、今、宇宙ビジネスに取り組まないと、将来の流れに取り残されるのではないかといった危機感を持っている企業さえ出始めています。
私自身も企業経営者からどういったかたちで宇宙ビジネスに絡んだら良いかという相談を多々受けます。宇宙ビジネスというのは企業経営者のアジェンダの一つとして上がりつつあるのです。ただ、日本に比べて欧米では宇宙ビジネスに対する進み方は圧倒的に早い。政府の宇宙ベンチャーに対する支援策が充実していますし、投資家も多く一気にビジネスを進めている企業が多いのです。だからといって手をこまねく必要はなく、日本にもまだ勝ち目はあると私は思っています。
人工衛星やロケットの小型化が進む宇宙開発の分野において、小型化の技術は元々日本が得意とするところです。高い技術力と豊富な人材、そして大企業に眠る資金など、これらを上手く活用することで新陳代謝を起こしつつ、新たな宇宙ベンチャー企業が加わることでイノベーションを起こせば、日本全体として宇宙ビジネスがもっと盛り上がっていくのではないでしょうか。すでにこうした動きは始まっていますが、もっと加速させていく必要はあると考えています。
Profile
グローバル・ブレイン 宇宙エバンジェリスト®
青木 英剛さん
アメリカの大学・大学院で航空宇宙工学を学び、帰国後、国内宇宙業界最大手の三菱電機に入社。宇宙エンジニアとして国家事業に携わる。国際宇宙ステーションや日本初の宇宙船「こうのとり」の開発エンジニアとして活躍などするも、ビジネス面から宇宙産業を支えたいと、MBA を取得。以来、国内で唯一の宇宙業界出身のベンチャーキャピタリストとして活動。同時に宇宙エバンジェリスト®として宇宙産業の魅力を啓蒙することに力を入れる。
宇宙ベンチャー企業の取り組み ❶
ASTROSCALE 社
宇宙ゴミ問題に挑む世界唯一のベンチャー
美しく星が輝き、無音の暗闇が広がる宇宙。実は、地球を取り巻くこの宇宙空間には、無数のゴミが存在するという。この宇宙ゴミ問題の解決を目的として設立されたのがアストロスケール社。そのビジネスモデルについて、同社COO のクリス・ブラッカビー氏に聞いた。
ASTROSCALE COO
クリス・ブラッカビーさん
宇宙ゴミという喫緊の問題
宇宙空間は実はゴミだらけだということをご存知でしょうか。地球を囲んでいる軌道には、スペースデブリと呼ばれる宇宙ゴミが多数存在し、10㎝以上のものだと約2万個以上、もっと小さなものを含めると、1億個以上もあると考えられています。しかも、こうした宇宙ゴミは宇宙空間を秒速7~8㎞、例えるならば東京と大阪の間を1分で結ぶくらいのスピードで飛んでいます。
元を辿れば宇宙ゴミは人工衛星やロケットなどの残骸です。そのため1957年にソ連がスプートニク1号という人工衛星を世界で最初に打ち上げた時は、宇宙ゴミはありませんでした。しかし、人工衛星が打ち上げられるたびに宇宙ゴミは増加し始め、2007年の中国による人工衛星の破壊実験や、2009年に起こったアメリカとロシアの人工衛星の衝突事故をきっかけに激増。いち早くアクションを取る必要がある危機的な状況へとなりました。
現在の我々の生活は宇宙と密に関わっており、もし宇宙ゴミが人工衛星に衝突すれば、地球上での生活に支障を来すことになります。さらに、衝突による宇宙ゴミの拡散が連鎖的に広がると、新たに宇宙ゴミの層が形成され、宇宙自体が使い物にならなくなる可能性すらあるのです。
問題解決のために起業を決意
こうした状況のなか、アストロスケール社は2013年5月、宇宙ベンチャーとして立ち上がりました。ミッションは「宇宙の持続的開発利用のために貢献する」ことで、具体的には宇宙ゴミ除去を達成することが目的です。
創業したのは、コンサルタントやIT企業経営をしていた岡田光信という人物。宇宙ビジネスのバックグラウンドは一切持ち合わせていません。そんな彼がたまたま学会で宇宙デブリの問題を耳にします。ところが学会で専門家たちは問題点を指摘するだけ。誰も解決策を持たない状況を見かねて、「俺が解決する!」と独り会社を立ち上げたのです。
当時、NASAに勤めていた私は、岡田からアストロスケール社の話を聞いた時、ビジネスとして成り立たせることはとても困難だと思いました。宇宙をきれいにするとはいえ、誰もお金を払わないと思ったからです。しかし創業から4年半経った現在、アストロスケール社は約5300万ドルの資金を調達し、創業地であるシンガポールのほかに、東京とイギリスに支店を持ち、約40名の社員を持つまでに成長を遂げることができました。
確立した2つのビジネスモデルを
現在、宇宙ゴミ除去をビジネスにしているのは世界でアストロスケール社のみで、2つのビジネスモデルを柱に活動しています。
一つは「エンド・オブ・ライフ・サービス(EOL)」。今後は一つの企業が複数の人工衛星を打ち上げる時代が到来し、10年以内に約1万4000機が新たな企業によって打ち上げられると予測しています。EOLはこうしたベンチャー企業をクライアントに、彼らが打ち上げる前に契約し、人工衛星が故障した際にサービスを提供する事業モデルです。
具体的には事前に人工衛星にドッキングプレートという目印を付け、人工衛星が軌道上で故障した際、磁石を利用して我々の人工衛星が捕獲。その後は大気圏に突入し、一緒に燃え尽きてしまうという仕組みです。2019年前半にはJAXAの協力のもと、技術実証衛星「ELSA-d」を打ち上げる予定です。
もう一つは、「アクティブ・デブリ・リムーバル(ADR)」です。こちらは宇宙に自ら赴き、すでにある宇宙ゴミを見つけて取り除くことを目指しています。EOLよりも技術的に難しく、現在、国や行政と協力して、宇宙ゴミの発見方法などの調査を進めていく段階にあります。将来的には国や行政がクライアントになるだろうと考えています。
次世代のために美しい宇宙を
アストロスケール社に出資いただいている投資家の方々は、ビジネスとしての弊社の将来性と、宇宙環境を守るという次世代への責任という、2つの視点を考えられています。かつて、企業の多くが何も考えずに川にゴミを捨てていたような時代がありました。しかし、現在は地球環境に優しくあるべきという意識が当たり前のように浸透しています。そういった考え方の変化が今後、宇宙環境においても起こるのではないでしょうか。私どもは地球環境を守ることと同じように、宇宙ゴミの除去を通じて、広く宇宙の環境問題を提言していく責任もあると考えています。
Profile
ASTROSCALE 社 COO
クリス・ブラッカビーさん Chris Blackerby
アメリカ航空宇宙局(NASA)のアジア代表として来日。前駐日アメリカ大使であるキャロライン・ケネディ氏のもと、宇宙連携の分野でNASA と日本の新しい協力関係を築くことを中心に、韓国や中国、東南アジアの国々との連携強化に尽力。5年間の日本滞在のなか、「NASA とJAXA が協力して開発した人工衛星の打ち上げを、ケネディ大使と共に種子島で観察したことが一番の思い出」とクリス氏。現在は創業者である岡田光信氏と共に、アストロスケール社の最高執行責任者として同社の事業運営を統括する。
宇宙ビジネスを裏で支える
投資家の視点でみたその可能性
インキュベイトファンド代表パートナー
赤浦 徹さん
ゼロから事業を立ち上げる
"インキュベーション"とは卵を孵化させること。ベンチャー業界では「ゼロから創る」といったイメージで使われる言葉です。弊社はベンチャーキャピタルですが、先にアイデアとして自分でやりたいことを考え、人を探して一緒に会社を創る、という投資スタイルを特徴としています。インキュベイトファンドという社名はこうした投資理念を由来としています。
宇宙をビジネスの対象にするようになったのはここ数年のことです。シンガポールに住む弊社のパートナーを通じ、後にアストロスケール社を立ち上げる岡田光信氏と知り合ったのがきっかけとなりました。あるイベントで彼のピッチを聞いた時、一人所帯のベンチャー企業にも拘らず、宇宙をビジネスにしようという大きな志に、感銘を受けてしまったのです。
同時に、もしかしたら宇宙という領域であっても、自分でも自分なりのやり方でビジネスを生み出せるのではないかとの思いに至りました。
宇宙ビジネスへの投資
「スターウォーズが大好き。だから宇宙船を本気で作りたいんです」―。宇宙でチャレンジしようという志を持つ人を探しているなか、こう私に言い放った人物が現れました。ispace社の袴田武史氏です。これまで即決で投資を決断することは多々ありましたが、突拍子もない言葉に、この時はさすがに言葉を失いました。
同社は賞金総額3000万ドルの民間月面探査レース「Google LunarXPRIZE」に日本から唯一参加するチーム「HAKUTO」を運営する企業です。将来的には月面での資源探査を皮切りに、宇宙に経済圏を創るという壮大な野望を抱え、先日も自社開発した月着陸船で月周回と月面着陸を行うことを発表して注目を集めました。
3年半前のことですが、すでに袴田氏は起業されていたとはいえ、当時のispace 社に所属していたのはまだ彼一人だけ。しかし、直接会って話を聞くなかで、袴田氏の宇宙開発ビジネスにかける熱意に惹かれ、1時間半後に3億円の出資をコミットメントしていました。これが宇宙領域への最初の投資案件となりました。
宇宙でのビジネスを生み出すことは簡単ではないと実感しています。そんななか、もう一社、宇宙領域で実際に投資をしている企業がスペースBD社です。ロケットの荷台の空き枠の販売代理などを手がける、いわゆる宇宙商社を設立しました。
背景には日本産ロケットの量産化を目指す内閣府からのニーズがありました。そこで鍵となるのがロケットを定期便として打ち上げること。定期便による量産効果でロケットの製造単価を抑えようというのが狙いです。日本ではキヤノン電子がロケット事業に参入して小型ロケットを手がけていますが、ロケット製造ではイーロン・マスク氏のスペースX社が先行しています。日本産ロケットで世界に打って出るためにも、国産ロケットの量産化・小型化・定期便を実現したいという思いに、スペースBD社のビジネスモデルが合致したわけです。
新たな産業の創出のために
これまで宇宙ビジネスというと、オールドスペースといって地球の軌道の内側でのビジネスでした。軌道の外に行くのはアポロ以降なく、衛星を打ち上げるというビジネスが主だったところに、先ほどのispace 社が取り組んでいる探査という領域が新しく出てきました。つまり、オールドスペースではなくニュースペース。探査をテーマに地球の軌道の外にビジネスを求めていこうと、新たな産業が生まれてこようとしているわけです。
ライフラインが繋がるという話になると、まだ人間が住んでいない訳ですから、宇宙はまさにフロンティアです。ここから広がる世界の大きさは計り知れません。いま、我々はその入口にいて、大きな第一歩を踏み出そうとしているのです。
我々が投資をして事業を立ち上げるのは、そんな宇宙領域が日本の産業の柱の一つになればとの思いに他なりません。ベンチャーキャピタルとしてやるべき役割は、新たな産業の創出のきっかけを作ることだと考えています。少し目線を高くして、エネルギー産業や医療をはじめ、突拍子もない新しいテクノロジーにチャレンジしてみたり。そういう意味では宇宙という領域は、人々の生活に大きく関わることなので、大きな可能性を秘めていると思います。
Profile
インキュベイトファンド代表パートナー
赤浦 徹さん
大学卒業後、日本No. 1のベンチャーキャピタルであるジャフコに入社。8年半、投資部門に在籍し、投資育成業務に従事する。1999年に独立、ベンチャーキャピタル事業を開業。創業期の投資、育成の特化したベンチャーキャピタルとして、これまで総額300億円の資金を運用し、関連ファンドを通じて約300社のスタートアップ企業へ投資を行ってきた。2015年7月より、(一社)日本ベンチャーキャピタル協会常務理事を務める。
宇宙ベンチャー企業の取り組み ❷
2つの月探査ミッションが始動
独自開発の月着陸船で“月周回”と“月面着陸”を。
ispace 社は世界初の民間月面探査レースに挑むHAKUTOで培った経験を糧に、超小型宇宙ロボティクスを軸とした月面資源開発事業を計画している宇宙ベンチャー企業である。小型・軽量で機動性の高いランダー(月着陸船)とローバー(月面探査車)を独自に開発し、2つの月探査ミッションを始動させている。ミッション1は2019年末頃までにランダーを月周回軌道に投入し、軌道上から月探査をすること。ミッション2は2020年末頃までにランダーを月面に軟着陸させ、ローバーで月面探査を行うことを視野にチャレンジしている。その目的は低コストで定期的な輸送プラットフォームを構築することである。
© ispace
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月着陸船(ランダー)
ispace 社による月着陸船(ランダー)のコンセプトモデルイメージ。小型・軽量を実現しつつも、約30kg のペイロードの積載が可能で、指定の場所に、指定のタイミングで、指定の頻度で、顧客のペイロードを輸送することをコンセプトに設計している。将来的には月面だけではなく月周回軌道やその他の深宇宙への輸送プラットフォームとして期待されている。
© ispace
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月面探査車(ローバー)
月着陸船(ランダー)には2台の月面探査車(ローバー)を搭載することができる。ローバーはHAKUTO で培った技術を応用して開発された、世界最小・最軽量のモビリティプラットフォーム。月面に着陸後はこのローバーが月面を移動し、顧客のペイロードを目的地へと運ぶことになる。
© ispace
ispace 社
宇宙資源を活用して経済圏を宇宙に創る
昨年の12月、観世能楽堂で開かれた記者発表会。ispace 社は日本初となる民間開発の月着陸船による、「月周回」と「月面着陸」に挑戦することを宣言した。同社の創業者で代表取締役の袴田武史氏は、その視線の先に、宇宙に経済圏を創出するという大きなビジョンを描いている。
ispace
Founder & Chief Executive Officer
袴田 武史さん
― 昨年12月に記者発表会を開き、2020年末頃までに、独自に開発する小型の月着陸船(ランダー)の技術を実証し、月面への着陸技術を確立されると発表されました。ispace 社はHAKUTO プロジェクトに参加されていることでも話題になっていますが、これらのプロジェクトはどのように関係しているのでしょうか。
袴田武史さん(以下敬称略) 2010年より関わっているHAKUTO プロジェクトは現在、ファイナリストに残り、最終段階を迎えようとしています。このGoogle Lunar XPRIZE 自体の目的は民間で月面に輸送サービスを提供できるような仕組みを創ることです。我々にとってこの月面探査レースへの参加は、小型の月面探査車(ローバー)の技術を確立することが目的。つまり月面に降り立った後、水資源の探査をするための基盤の確立であって、現在はこれとは別に並行して独自に小型の月着陸船(ランダー)を開発し、月面への着陸技術を実証する次の段階に入ろうとしています。
― ispace 社は社のビジョンとして「Expand our planet. Expand ourfuture.」を掲げられています。
袴田 人間が宇宙に生活圏を築けるような時代を創ろうというビジョンです。元来、人間は生活圏を拡大する生き物。だから宇宙に進出することは必然のことです。その時、人間は貧乏になるために宇宙に進出する訳ではありません。だから宇宙に経済圏を創ることが重要だと考えました。宇宙に経済圏を創る最初のきっかけとなるのが資源開発です。地球上では昔から、資源があるところに人が集まり、街ができ、そして経済圏ができてきました。宇宙でも今後、同じようなことが起こると思っています。
特に宇宙では水が最も重要な資源となります。水を水素と酸素に分けると宇宙船の燃料になるからです。月の周りや宇宙にガスステーションが整備されるようになれば、宇宙の輸送に大きな変換が起こります。例えば、月や火星、小惑星など、さらなる深宇宙探査が実現するだけでなく、宇宙での様々な活動が可能になります。さらに地球環境の持続性を高めることもできます。
― 2040年頃には月に人間の経済圏が築かれていることを想定されています。どのような世界で、どのような道筋でできるのでしょうか。
袴田 我々はこの月面の世界を「Moon Valley」と名付けています。2040年頃には1000人が暮らし、毎年1万人が旅に訪れると想定しています。この街の成り立ちは、月面にローバーが送り込まれ、まず水の探査が始まります。水が発見され、水から水素と酸素のエネルギーが生み出され、水資源のエネルギー基地が創られます。そして、この街への地球からの定期輸送が始まり、人が定住するようになります。そして、建設、鉄鋼、通信、エネルギー、運輸、農業、医療など、様々な仕事に就く人々が街を形成していく……という道筋をイメージしています。
本当にこんな時代が来るのかと思われるかもしれませんが、それは今を生きる我々次第です。ただ、誰かが何かをやらないと起こらない世界。そこは我々が先導して物事を起こしていこうと考えています。例えば、技術開発はもちろん、資金面でもそうです。市場を創ったり、サービスを構築したり、さらには法律を作る必要もあります。あらゆる面でやることはあります。さらにスピードも大切ですが、技術開発の進展もあり、最近の技術であれば時間軸を短くすることは可能です。
こうした新しい世界では、もちろん我々自身もビジネスができて、しっかりと利益を創出できるようにしていかないといけません。しかし、我々がすべての利益を独占するのではありません。いろいろなプレーヤーがビジネスに参加し、お互いに利益を創出できるようなエコシステムを創っていくことが我々が求めるところです。
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2020年末頃までにかけ、日本初、民間主導のランダーでの月面着陸、そして搭載したローバーでの月面走行を目指す。ここでは顧客の荷物を月へ運び、月面データを地球へ届けるデモミッションを行う。
© ispace
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2017年12月13日にGINZASIX 内の観世能楽堂で実施された記者発表会では、月周回と月面着陸の2つのミッションを発表すると共に、シリーズA 国内過去最高額の大型資金101.5億円の調達を発表した。
© ispace
― 宇宙を舞台に壮大なビジョンを描き、その実現に向けて一歩ずつ着実に前進されています。袴田さんにとって宇宙とはどのような存在でしょうか。
袴田 地球とたまたま環境が異なり、地球のやり方がそのまま通用しないというだけであって、自分にとって宇宙は特別な存在ではありません。宇宙という言葉はよく「夢」に変換されてしまいますが、夢と変換した瞬間に思考回路が止まり、そこで何かをしようと具体的に考えなくなってしまいます。だから自分にとっては「宇宙=夢」でもありません。宇宙だからできないのではなく、一つひとつ問題を切り分けて、それに対する解を導き出せば、何かしらは実現できると思っています。
ビジネスの面から言えば、宇宙は人々がより豊かな生活を送るベースになります。そういった意味でも経済圏を宇宙にまで広げていきたいと考えています。こういう言い方が適切か分かりませんが、人類で初めてのトリリオンダラーの資産を持つ者は宇宙で生まれる、という人もいます。経済が発展していく上で、宇宙を組み込むことでさらにその希望が大きくなるということでしょう。
Profile
ispace 社
Founder & Chief Executive Officer
袴田 武史さん
子供の頃に観たスターウォーズに魅了され、宇宙開発を志す。ジョージア工科大学で修士号(航空宇宙工学)を取得。大学院時代は次世代航空宇宙システムの概念設計に携わる。その当時、Ansari XPRIZE により民間有人宇宙飛行が成功し、民間での新しい宇宙開発時代の到来を感じる。民間での宇宙開発では、経営者が必須になると考え、大学院卒業後、外資系経営コンサルティングファーム勤務。プロジェクトリーダーとして幅広い業種のクライアントにコスト戦略および実行を中心にコンサルティングサービスを提供。2010年よりGoogleLunar XPRIZE に参加する日本チーム「HAKUTO」を率いる。同時に、運営母体の組織を株式会社ispace に変更する。